2009年 7月 30日 (木)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉44 望月善次 おやぢいの眼は

 おやぢいの眼は象眼のつくりもの、
  ひっこぬいたら太陽がおこらん
 
  〔現代語訳〕(親父に例えられる大空の)親父の眼は(本物の眼ではなく)象眼細工のつくりものです。でも、引っこ抜いたら太陽は怒るでしょうねぇ。

  〔評釈〕「大空がまったく晴れておそろしや」三十二首〔『アザリア』第二輯(盛岡高等農林学校アザリア会、大正六年七月十八日)〕の十七首目。「象眼(象嵌)細工」そのものの説明については、十二首目の際に言及したから繰り返さない。しかし、「象眼(象嵌)細工」だから、「眼」であり、「嵌(は)めこまれた」ものであるから、「引っこ抜く」ことに通じるのである。また、大空に例えられる「おやぢい(親父)」の「眼」についても、「大空全体」とも「太陽」とも受け取れることについても既に触れてきた。そのどちらかによって、作品中に占める「太陽」の位置は変わって来るのだが、いずれにしても、「太陽」を持って来たところが作品の流れを展開させている。節調の上からは、初句の「おやぢいの」が「おやぢの」とならずに「おやぢいの」となっているかは、五七五七七の五音に引かれたもの。また、結句「太陽がおこらん」は、二音一拍では「太/陽/が×/おこ/らん」の字余り。
  (盛岡大学学長)


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