2009年 9月 1日 (火)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉57 望月善次 しっとりと濡れた街路に

 しっとりと濡れた街路に向ふ家、たい
  がい木戸をしめてあるかな
 
  〔現代語訳〕しっとりと濡れた街路に向いている家は、大概、木戸を閉めているのです。

  〔評釈〕「大空がまったく晴れておそろしや」三十二首〔『アザリア』第二輯(盛岡高等農林学校アザリア会、大正六年七月十八日)〕の三十首目。「馬鹿旅行」を題材とした末尾五首中の三首目。前々回も取り上げた「秋田街道」の冒頭は、「どれもみんな肥料や薪炭をやりとりするさびしい家だ。街道のところどころにちらばって黒い小さいさびしい家だ。それももうみな戸を閉めた。」(傍線、望月)と始まっていたから、抽出作品と重なることになる。「秋田街道」では、それらの家に対して、「さびしい」がキーワードとなるが、抽出歌においては、「濡れた」がキーワードとなることについては、前々回の「歩め、歩め、しづかに歩め、夜の土はまったくしめる、いっせいにしめる」や前回の「沈殿の空より降るは霧の雨、まったくぬれしアーク燈かも」からも指摘できよう。なお、「たいがい木戸をしめてあるかな」の「たいがい(大概)」は、雅語とは言えぬ物言いなのだが、こうした語句を交えて作品のトーンを出すのも、嘉内短歌の一つの特徴であることを指摘しておこう。
  (盛岡大学学長)

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