2009年 9月 2日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉140 伊藤幸子 「漫々と秋」

 くきやかに立ちたる虹の 忽ちに消え失せし海漫々 と秋
  今村寛

  振り向けばすぐそこに、懐かしいお顔が見え、声が聞こえる。若く、働いていたころは何をするにも時間に縛られ、睡魔に襲われて読書もままならなかった。

  わたしは22歳で全国組織の短歌会に入り、10年余り子育てに追われ、文学の集まりにはほとんど出られなかった。ただ毎月作品10首を送り全国の会員たちの作品を読んではその風土をしのび、高校野球で勝ち進む選手たちの母校を地図で探し当てては楽しんでいたものだ。

  30代半ばで、初めて長野県松本市で開かれた全国大会に出席した。初対面でも、毎月歌誌を熟読していたのですぐ打ち解けて、顔を見ていっそうはっきりと作品内容が理解できたり、老成した作風と思っていた方が意外に若かったりと、新鮮な驚きがいっぱいだった。

  今村さんは長野ご出身の出版社の社長さん。会員たちは「伊麻」書房からの歌集出版にあこがれた。

  大正4年生まれの氏が昭和14年国学院大学卒業のころから歌を作られ、召集。戦後、大学で教鞭を執られてのち印刷会社経営。昭和56年、茨城県藤代町に永住。60代半ばでいらして、わたしもそのころ茨城に住み、何度もお誘いを頂きながらお訪ねする機会を得ずに過ぎた。

  平成5年、78歳にして初めての歌集「漫々と秋」をご出版。結社内の叢書13番という若い番号がまぶしい。すでにそのころには会員の叢書ナンバーは400番を超えていたものである。重厚な美しい一書、私の貧しい書架の稀覯(きこう)本である。

  「碓氷嶺(うすひね)に汽車かかりたり深谷にいまだなづさふ昼近き霧」「白雪皚々たりき信濃路に引揚げし昭和二十一年の春」「秋兆す八幡平に入りて来つこののどけきに人を求めて」

  こうして読み返していると、ふっと背後にしわぶきのような、くぐもった声の気配がする。

  「しみじみと人は言ひしよ何の時何の由(よし)をも詠みき柊二は」今、わたしに惻々(そくそく)と伝い来る周波は、かくも怠惰な心身を打ってやまない。

  平成20年3月、93歳にて永眠。「宮さんの思ひ出語れと言はれをりこの身近さを語り得るや否や」そんな思いを、身近さを、わたしもまた語ろうとして、ゆかりの人々をそっと心に引き寄せている。

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします