2009年 9月 5日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉124 岡澤敏男 雨がいつ降り出したのか

   ■雨がいつ降り出したのか
  この詩は小岩井農場を舞台にしていることを念頭に読み進めていくわけです。小岩井駅に降り立ったときから賢治は歩きながら見た事、感じた事、考えた事を手帳に書き連ねていったのでしょう。

  パート一からパート四までの風物の情景は、現在もなお追体験される余地が奇跡的に残存しているので賢治歩行の跡をたどることができるのです。

  パート四は本部のフロントから始まり耕耘部への近道を北にたどり〈聖なる場所〉の地点を通過して四つ森(よつのもり)のきついこう配を上ったあたりで終っている。ここまでの歩行詩は断続しながらも順調に進行しているのを知るわけです。

  しかしその先の道筋はどうでしょう。パート五、パート六の見出しをまたいで、いきなりパート七の連続しない場面へと接続するのです。パート四の終結には「ああ太陽のマヂックよ」「たのしい地球の気圏の春だ」と晴朗な気分に満ちあふれていました。ところが、パート七は一転して「とびいろのはたけがゆるやかに傾斜して/すきとほる雨のつぶに洗はれてゐる」と雨の情景に始まっているのです。

  いったい雨がいつ降り出したのか?、こんな疑問のわくのは当然でしょう。それに、このとびいろの畑とはどこなのでしょう?。このナゾをとくカギはたしかにパート五・パート六の本文に隠されているはずです。だが詩集はそれを省いてなぜかタイトルだけにしてしまったのです。

  さいわい本文に相当する先駆下書稿(第五綴、第六綴)が現存していました。そして雨に遭遇する場面が第六綴の後半にきっちり描写されていたのです。
 
  かれ草だ。何かパチパチ言つてゐる。
  降つて来たな。降つてきた。
  しかし雨の粒は見えない。
  そらがぎんぎんするだけだ。
  顔へも少しも落ちて来ない。
  それでもパチパチ鳴つてゐる。
  草がからだを曲げてゐる。
  雨だ。たしかだ。やつぱりさうだ。
  降り出したんだ。引つ返さう。
 
  これをみると、雨が降り始める場面を視聴覚や皮膚感覚を総動員してじつに神秘的にスケッチしているのがわかります。だが、この描写のこまかさはいささか異常な感じがします。なぜこうも賢治は雨の降り始めにこだわったのか。

  それは待ち望んでいた雨だったからなのでしょう。雨は賢治の深層にあるオブセッション(強迫観念)と示唆した天沢退二郎氏は、パート二冒頭の「たむばりんも遠くのそらで鳴つてゐるし/雨はけふはだいちょうぶふらない」の詩章の降雨を否定断定する独白の調子には「何かぼくを引っかからせるものがある」と疑問視しています。

  この詩章は「雨はけふはだいぢょうぶ降らない」との独白とはうらはらに、むしろ「雨を意識させる」ために投企された隠喩(ゆ)的せりふと読み取れるのです。

  では賢治にとって雨はなぜ強迫観念なのか。天沢氏は「よるべない土地をひとり行く徒歩旅行者に雨はつねに恐怖をよばずにいられない」という観点からとらえているようですが、私は雨に強迫観念を喚起するのは〈ただ一人の友〉保阪嘉内との決別に起因するものだと思われてなりません。

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