2009年 9月 9日 (水)

       

■ 賢治の盛岡生活100周年記念 牧野立雄さん著のエピソード集を発行

     
  刊行された「賢治と盛岡」  
 
刊行された「賢治と盛岡」
 
宮澤賢治(1896〜1933)が旧制盛岡中学(現盛岡一高)に入学し、盛岡市で暮らし始めて今年でちょうど100年。これを記念した「賢治と盛岡」(B6判、約270n)がこのほど刊行された。「賢治と盛岡刊行委員会」(委員長・池田克典副市長)が企画、発行。著者は賢治研究家の牧野立雄さん(同市桜台)。税込み880円で県内書店で販売している。

  「賢治と盛岡」は38のエピソードを掲載。盛岡中学、盛岡高等農林学校(現岩手大学)在学だけでなく、その後も足を運んだ賢治と盛岡とのかかわりを紹介している。タウン誌「街もりおか」で牧野さんが連載していた寄稿の加筆・修正と新たな原稿で構成。当時の写真や地図、年譜も載っている。

     
  「賢治と盛岡」について解説する著者の牧野立雄さん(7日、盛岡市のプラザおでってで)  
 
「賢治と盛岡」について解説する著者の牧野立雄さん(7日、盛岡市のプラザおでってで)
 
  創業者の及川四郎によって光原社から出版された「注文の多い料理店」。牧野さんはタウン誌で自費出版として扱っていたが、今回はその後の指摘などから別の解釈を与えている。盛岡中学時代に講演に訪れていた新渡戸稲造、原敬との逸話などもある。

ほかに賢治が生活した当時の盛岡と現在とを地図で見比べながら市内散策できる1冊になっている。賢治の詩碑・歌碑は全国に約150カ所ある。盛岡市内には1割程度が存在する。このうち都南つどいの森に賢治の妹トシ筆の歌碑があると紹介されている。

  牧野さんは、歌人の石川啄木は盛岡、詩人で童話作家の賢治は花巻という「住み分け」をするのではなく、思春期・青春期を過ごした盛岡での生活、交流が文学者として開花するきっかけになったと説明する。

  「研究書ではなくガイドブックのような内容にした。第九十銀行本店や盛岡銀行本店など盛岡の街並みはちょうど100年前に出来上がり、近代化の歩みと重なる。賢治は最初から詩人、天才といわれたわけではなく自然の好きな、ちょっと変わった少年だった。中学は辛うじて卒業したほど。素顔を知ってもらえれば」と話す。

  装丁は岩手デザイナー協会長の杉本吉武さんがデザイン。盛岡高等農林時代に記した同人誌「アザリア」にちなんだ西洋ツツジの色を背景に、表紙には岩手大学内にある高等農林学校本館(現在の農業教育資料館)前を賢治のシルエットが横切る写真、裏には杉本さん作のイラストを配置した。

  刊行委員会は市や印刷元の杜陵高速印刷が出資して初版3千部を印刷。今後オンライン書店などを通じて県外にも販売展開する考え。

  問い合わせは、市ブランド推進課(電話019-651-4111内線3741)へ。
 

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします