2009年 9月 10日 (木)

       

■ 〈北Gのライブトーク〉104 北島貞紀 アラカンの同級会

 7月の終わりに高校の同級会を行った。題して「アラカンの同級会」。アラウンド・フォーティ(アラフォー)をもじったというより、「あらかた還暦」というニュアンスだ。

  僕は1952年生まれで、今度の誕生日で57歳になる。60歳までにはまだ幾分の余裕があるが、四捨五入すれば立派に大台である。(別にいばるほどのことではないが)

  それにしてもである。「えっ、僕が60歳?」という疑問符が頭の中で渦巻いている。

  20歳(はたち)のころは、自分に40歳がくることなど考えられなかった。ジミー・ヘンドリックス、ジャニス・ジョップリン等が27歳で相次いで死に、ロックスターに28歳は来ないと信じていた時期もあった。さらに60歳といえば、100億光年のかなたにある星のように、存在はあるが永遠に届かないポールポイントであった。

  しかし、40歳は乗り合いバスのようにやってきて、あっけなく過ぎ去った。そして60歳さえも、3年ダイアリーに予定が書き込めるところまで来てしまった。

  最近60歳ということに、特別な感慨をもつようになった。人生で何かを成しえたか否かにかかわらず、まず60歳まで生きることが「生を受けたことに対する責務」と考えるようになったのだ。社会とか家族とかとは別の次元で、生の創造主との約束である。

  世界に冠たる長寿国の日本、平均寿命は80代後半であるが、飽食と野放しの自由の中で育った僕たちが、こんなに生きられるわけがない。少なくとも僕は無理だな。

  とりあえず「還暦」まではこぎつけて、後の人生はオマケ位に考えれば、「還暦」の意味合いも変わってくる。そう考えると、残された時間にやらなければならないことも見えてくるのである。 

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