2009年 9月 13日 (日)

       

■ 〈早池峰の12カ月〉10 丸山暁 緑のトンネルを抜けると僕の家がある

     
  photo  
     
  国道396号から少し入った稗貫川の支流の八木巻川が切り開いた小さな谷間の緑のトンネルの先に僕は暮らしている。もっと先には賢治の童話に出てくる猫山がある。僕が、わが家から外へ出て行く時、わが家に帰ってくる時、必ずこのトンネルを通る。この緑のトンネルが、僕の暮らす集落、わが家への出入り口、すなわちゲートである。

  このトンネルは、今は緑のトンネルだが、秋深まれば紅葉のトンネルになり、極寒の冬には樹氷となって太陽の光を浴びると、まるでルミナリエ(電飾)のように輝くこともある。

  この閉塞(へいそく)的な谷間から逃げ出したい時もある。この谷間に帰ってきてホッとすることもある。単なる、木々が作った自然のトンネルだが、この緑のトンネルは僕の心の移り変わりを知っている。また、このトンネルは僕がここで生きることを強く意識させてくれる。

  街や場にはゲートがある。この緑のトンネルも、そこを通過することによって何かが変化するゲート、門であり出入り口である。そのゲートを通過することで、新たな風景・空間に出合え、新たな物語が始まる。ゲート(ゲート性)のない、いつの間にか街に入り、いつの間にか抜けてしまった、そんな街には物語は生まれにくく、すぐに忘れてしまう。

  僕の暮らしの場は、緑のトンネルがゲートとなり、土地の物語と僕の物語が呼応して新しい物語を紡(つむぎ)ぎだす。さしずめ、盛岡の街のゲートは駅前の開運橋だろう。開運橋を渡った幾多の人々が、盛岡の街でまた外の広い世界でそれぞれの人生をはぐくんできたことだろう。

  人生には幾つもゲートがある。そのゲートを通過しなければ先に進めない。しかも、空間や場のゲートは目に見えるのだが、そのゲートを通り抜けるためには、まず、心のゲートを開かなければならない。現実のゲートを通過するのは葛藤を伴う意志の力である。

  アニメ『トトロ』のメイは、田舎に越してきて緑のトンネルを見つけ、何度も迷ったが意を決してトンネルを駆け抜けた。メイはそのゲートを通過したからトトロに出会えた。僕も、この緑のトンネルにたどり着くまでも、何度も迷い幾つものゲートを潜り抜けてきた。街・場も人生も勇気を持ってゲートを潜り抜けなければ、新しい物語には出合えない。先にあるのが天国か地獄かも分からない。石橋をたたいて渡るも人生、石橋をたたき壊すも、石橋を見て引き返すことも人生。時間はかかっても、もう一本自分の橋をかけるも人生。

  人生には幾つものゲートがある。僕もこの地で暮らして17年、そろそろ次なるゲートを見つけ通り抜けなければならない時期にあるのかもしれない。さて、あなたの街にはゲートがありますか、あなたのゲートは何ですか、そのゲートは開けそうですか。

  (丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします