2009年 9月 19日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉126 岡澤敏男 パート七の活発な言語活動

 ■パート七の活発な言語活動

  広大な長者舘2号畑を舞台とするパート七は、強迫観念を洗い流してくれた明るい雨の中で賢治はじつに能弁にふるまっているのです。

  寺田透が「これはそれまでの各パートのやうに単なる道行きではない。老若男女の農家の人間が登場し、対話が行われる。鉄砲打ちもゐれば雨の中で燃える焚火もある。舞台に奥行きが出、時間が広がり…そちこちに目を配りながら歩く物語作者だった賢治の前に、きわめて好都合の場所がそこではじめて展開したのである」(寺田透評論集『宮沢賢治の童話の世界』)と指摘し〈特に良くできているパート〉と感想を述べているように、パート七は音楽でいう転調として質的変化を帯びたパートに構成されているのです。

  まず雨の中でのスケッチにもかかわらず、パート七の風物の彩色の豊かさにも注目されます。ざっと見てつぎの8色の映像が複数回も出現するのを知ります。 「鳶(とび・茶)いろのはたけ、白い笠(雲は白い・白い手甲・白い種子・白い空・銀のそら)、青い湿地(青い草穂・青い炭素のけむり・青いつめくさ)、赤いきれ(かほが赤く・赤い焔・うすあかい毛・まつ赤になつて)、トツパース(黄玉)の雨(黄色な仕事着)、黒い羅紗(くろい外套の男・腐食質)、クリソプレース(緑玉髄のから松の芽)、鼠いろの雲(灰いろの咽喉)」
 
  これら多彩な映像とともに注意されるのはパート七に方言による対話で11回も挿入されている。無言の独白体で記述された各パーツとは異なった賢治の活発な肉声を収録した唯一のパーツとなっているのです。

  この詩のモチーフの土台には用心深く隠されている五行思想があるようにみうけます。もともと賢治は宇宙永遠の輪廻観念をもっており陰陽五行思想とは無縁でなかったとみられる。黒の色相は五行配当で北を指し季節は冬で水気を帯びています。〈黒塗りの馬車〉で始まる黒の映像は北へと移動し、その極点である第六綴の松の密林で水気は雨を還元するのです。そして黒に隠喩された強迫観念は雨のみそぎによってはらわれて、転生した賢治は白の色相に隠喩され小岩井駅へとUターンして行くのです。白は五行配当で西の方位を指し季節は秋で金気(万物の結実)を帯びているのです。また白の性分は言語機能を活発にする呪術をもつといわれ、告白、白状、独白、敬白などにそのなごりがある。パート七における変調はまさに強迫観念から解放された心象を反映するもので、対話という活発な言語活動によく顕現されているのです。

  賢治がこのパートをいかに重要視したかは構成比をみればよくわかります。初版本で591行に記述した「小岩井農場」は、のちに賢治が各パートに手を入れ169行も削除して422行に縮減したことが宮沢家本にみられるが、このなかでパート七は初版本の132行をわずか2行だけ削除して130行を保っているのです。他のパートがいずれも100行以下となっているなかで全篇の31%を占めるパート七は、そそり立つ独峰のごとき存在感がみられる。それにしてもパート七の舞台に37町歩余もある農場一の長者舘2号畑を選んだのは、いかにも長篇詩「小岩井農場」にふさわしい脚色だったというべきでしょう。

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします