2009年 9月 29日 (火)

       

■ 〈夜空に夢見る星めぐり〉247 八木淳一郎 望遠鏡の歩み(その3)

 現在、世界最大の屈折望遠鏡はアメリカのヤーキース天文台の口径102aのもので、今から112年も前の1897年に作られたものです。それ以後これを上回る大きな屈折望遠鏡は製作されなかったわけですが、それでは屈折望遠鏡はすっかり出番を失ったのでしょうか。

  国立天文台(旧東京帝国大学付属東京天文台)のわが国最大の口径65a屈折望遠鏡は、第一次大戦でのドイツからの戦利品であり、しかもあまり使われることがなかった、という特殊性から例外扱いにしていいでしょう。

  京都大学宇宙物理学教室の飛騨天文台は月面と火星観測のために設置されたもので、口径65a屈折鏡は西ドイツのツァイス社製で1972年の作です。世界を見渡しますと、20世紀に入ってから、南アフリカ、南米、オーストラリア、ヨーロッパ、北米などに口径65aクラスのものが8台ほど設置されました。

  これに対して、反射望遠鏡はどうでしょうか。

  1688年のイギリスのニュートンによって初めて作られたのは口径わずか5aほどの小さなものでした。

  それが420年の時を経た現代では、口径820aのすばる望遠鏡がハワイのマウナケア山頂に1999年に設置されましたし、ほかにもアメリカのマクドナルド天文台の口径920a、南米チリの800aなどがあり、建設中のものでは口径10b級のものが3カ所あるといった状況です。

  日本国内のものでは、岡山の竹林寺山にある国立天文台岡山天体物理観測所の188aがあります。

  さて、今日の反射望遠鏡全盛の時代を迎えるまでは、それなりの紆余(うよ)曲折がありました。

  反射鏡は今でこそガラスにアルミメッキを施したものを用いられていますが、かつては金属が使われていました。

  そのため、間もなく表面がさびてしまって反射率が低下し、再び磨き直す、の繰り返しでした。

  そうしたことからしばらくの間、天体観測家は手のかからない屈折望遠鏡を好んで使用していました。

  しかし、19世紀中ごろからガラスに銀メッキする方法が考案されたり、ガラス材の研磨方法や研磨材の進歩、ニュートン式のほかにグレゴリーやカセグレン、ナスミスといったさまざまな光学形式の考案などによって大きくて高精度や反射望遠鏡の製作が可能になったのでした。

  今日ではガラス材も、アメリカ・コーニング社のパイレックスやフランスのデュラン、日本の小原(オハラ)光学のE6、ドイツ・ショット社のガラスセラミックのゼロデュアなど、熱膨張率の低いもの、あるいは限りなく0に近いものなどが作られるようになり、これもまた反射望遠鏡の大型化に貢献しました。
(盛岡天文同好会会員)


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