2009年 11月 7日 (土)

       

■ 〈宮沢賢治の盛岡高農時代〉88 小川達雄 ちゃんがちゃがうまこ4

    三、続・下のはし

  もう一度、「ちゃんがちゃんがうまこ」の先頭の歌をあげておきたい。
 
  夜明げには
  まだ間あるのに
  下のはし
  ちゃんがちゃがうまこ見さ出はたひと
 
  ここではのっけから、「夜明げ」と濁っいることに気づく。これは方言の表記であるが、最初の『アザリア』では、ここは

  「夜明けには まだはやんとも下の橋」

  となっていた。

  これは標準語「夜明け」で始まり、次が「まだはやんとも」と、方言である。

  すると推敲を重ねた最終形は、最初っから方言で歌います、という〔宣言〕があり、次に「まだ間あるのに」と、標準語でひと息入れていた(むろん、標準語とは云っても、「間あるのに」は〔マア、あるのニィ〕と、方言ふうに発音することもできるのであるが)。

  この、ひと息が入ったために、次の

  「下のはし」

  はぐっと重みを増して、この歌の核心であることがわかる。

  そして、ここでは「はし」と、ひらがなで記していた。「橋」であれば、どこにでもあるふつうの「橋」になってしまうが、「はし」であれば、そこには「橋」以前のナマの語感が漂ってくる。

  つまり、ハシとはものの先端をいうところの葉、歯、刃などからの転化であって、端、箸、そして道の先端である「橋」、など、もともとのそんな語義までがちらちら浮かぶ、そのコトバのなまなましさ|つまりコトバの温もりが生まれる、ということである。

  最後の「|うまこ見さ出はた人」

  には、そこに賢治自身をさりげなく含めているが、これは特徴的な、賢治の述べ方であった。基本的にいって、賢治の歌では「思う」、「見る」、「聞く」などと、自分を中心に置いて歌をまとめることは、ほとんどしないのである。未明の人出を、あっさり云ったのがなんともおもしろい。

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします