2009年 11月 10日 (火)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉81 望月善次 あんましに、大取すましに

 あんまりに、大取すましに 静かなる
  新秋の野に石を投げたり
 
  〔現代語訳〕余りにも、すましにすましこんでいる、この静かな新秋の野に石を投げたのです。

  〔評釈〕「阿提目多伽抄」〔『アザリア』三号〕七首の二首め。「大取すまし」は、まず「大取」は、いわゆる寄席などの最終演技者(真打)を表わす「取(り)」に「大」を添えたもので、この場合は、「強調」の意だとした。だから「大取すまし」は、「非常にすましこんだ」意味だとした。〔現代語訳〕に示した「すましにすましこんでいる」は、こうした考えに基づいて付けたものである。一首全体の意味としては、前回取り上げた「あんまりに、秋をしふる故 空も草も木も無き国に移り住みなん」と同じく、「秋への親しみの情」を軽く捻(ひね)りながら示した作品だと読んだ。嘉内は、そうした「単純ではないコミュニケーション」には、すでに通じていたのである。「あんまりに」という初句の用い方も前回と同じであるが、すでに「大空がまったく晴れておそろしや」〔『アザリア』第二号〕でも触れたように、同じ語句の出だしの使用も嘉内の短歌的力量の一端を示すものであることも繰り返しておこう。
  (盛岡大学学長)


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