2009年 11月 28日 (土)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉89 望月善次 石灰洞 帝釈天の

 石灰洞 帝釈天の馬鹿者は 石筍にし
  て 天を指さす
 
  〔現代語訳〕この石灰洞(鍾乳洞)の中の帝釈天になぞらえることのできる馬鹿者は、実は石筍(せきじゅん)なのですが、天を指さしているのです。

  〔評釈〕「寂れたる空」十首の冒頭歌で、小題「(石灰洞)三首」の最初の作品。「石灰洞」はご承知のように「鍾乳洞」の別名で、一般的な説明は次のようになる。「雨水または地下水の溶解浸食を受けて石灰岩地に生じた空洞。天井には鍾乳石が垂下し、床下に石筍が林立する〔『広辞苑』〕。ついでに、同じく『広辞苑』の「石筍」の説明も加えると「鍾乳洞の床上に水が滴下し、含まれている炭酸カルシウムが沈殿・堆積して生じた筍状の突起物。」となる。「帝釈天」は、仏教を守護する神の一つで、仏像の四分類に基づけば「天部」に属し、元、ヒンディー教の電神・武神が転じたものであることも広く知られている。「石灰洞(鍾乳洞)」における「石筍」の一つを、「帝釈天」になぞらえて作品化したと見るのが素直な読みだろう。「帝釈天の馬鹿者」と話者の価値観、感情を、抑制せずストレートな形で表出しているところが、いかにも嘉内らしいところでもある。以下、ほぼ同じ発想に基づく三首が続くことになるが、その意味するところについては三首めの際に述べたいと思う。

(盛岡大学学長)

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