2009年 11月 29日 (日)

       

■ 〈早池峰の12カ月〉21 丸山暁 肥担桶からエコを考える

     
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  わが家の畑も冬仕度の時が来た。まずは大仕事、畑に穴を掘り、ムシロを敷いて大根を納め、ムシロをかけてネズミ除けの杉っ葉を載せて、土を30a程度盛る。北国の方々はご存知だろうが、収穫した野菜、特に水分の豊富な野菜を外気温で貯蔵すると凍ってしまう。凍った野菜も食べられなくはないが、一度凍ったものは解けるとヘナチョコになってうまくない。ブドウやイチゴやミカンを凍らせてデザートにするのとは訳が違う。

  大根の次には、白菜をわが家自慢の半地下の室に納めて、ゴボウと山芋を堀り上げ、これも畑に埋めて、今年の収穫は全て終わる。その後は畑全面に灰をまいて耕し、木酢をジョーロで散布して、わが家の畑は来春まで眠りにつく。

  わが家の畑は、基本的に省エネエコ自然循環型栽培である。まず畑は全て僕とかみさんで鍬(すき)とスコップで耕す。まさに化石燃料ゼロである。ちゃんとご飯を食べて元気なら、何時間でも体は動く。不耕起(耕さない)栽培という農法もあるが、わが楽園にはなじまない。

  肥料はわが家の草や残飯と隣の牧草を堆肥とし、薪ストーブから出る灰と木酢を補助肥料として野菜を育てる。その野菜を食べて、僕の体を作り、エネルギーを出し、また畑を耕す。本来なら排泄物も畑に蒔(ま)けば、完全循環型になるのだが、国の法律が許さない。

  僕らが子供のころ、どこの畑でも家族総出で肥担桶(こえたご)を担つぎ人糞(じんぷん)を畑に蒔いたものだ。背丈が倍も違う親父と担ぎ、中身がピッチャンピッチャン揺れて「ひっかかった」とキャーキャー騒ぎ、それもいい思い出である。肥担桶担ぎは野菜を育てるためだが、しんどい肉体労働の中で、家族の絆を強め、子供心に楽しくもあった。

  今歌うにはかなり時期はずれだが、ご存知「春のうららの隅田川 上り下りの船人が…」の上りの舟は、江戸の街の人糞を近郊農村地帯に運んでいた。それが江戸の胃袋を満たす野菜たちの肥料となっていた。江戸は循環型社会の最たるものであった。

  先ごろ亡くなった落語家円楽の十八番『目黒のさんま』に殿様が「味が良くなるなら青菜に下肥(しもごえ)をかけろ」という話がある。かけたら大変だが、ついこの間までの日本農業の原点がそこにある。

  汚(お)わい舟で話が終わるのもちょっと気になるので、付け加えれば、エコハウスで自動除菌のエコ家電に囲まれて家族でエコゲームをやるよりも、家族総出の畑仕事、畑がなければ大掃除、家族みんなで汗をかくことの方が、よほど健康的なエコ暮らしではないか。そこでは家族のきずなも膨らんでくる。どっちのエコがお好みですか。

  (丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

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