2010年 4月 3日 (土)

       

■ (賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで)154 岡澤敏男 山麓の原野に自然法を適用

 ■山麓の原野に自然法を適用

  古代の岩手山麓(さんろく)を舞台にした「狼森と笊森、盗森」は、「自然と人間の関係」を主題とする賢治童話の中でも取り分けて優れた作品だと思われます。『注文の多い料理店』刊行に際して作られた賢治自筆の「広告用ちらし」には童話集の特色を次のように述べている。

  「これらは決して偽でも仮空でも窃盗でもない。多少の再度の内容と分析とはあつても、たしかにこの通りその時心象の中に現れたものである。故にそれは、どんなに馬鹿げてゐても、難解でも必ず心の深部に於て万人の共通である。卑怯な成人たちに畢竟不可解な丈である」と。

  そして各童話の内容を簡潔に紹介しているが、「狼森と笊森、盗森」については紹介という範囲を超えて「自然と人間の関係」の原点に触れ、創作の意図を要約しているのです。
 
  人と森との原始的な交渉で、自然の順違二面の農民に与へた永い間の印象です。森が子供らや農具をかくすたびにみんなは「探すに行くぞお」と叫び森は「来お」と答へました
 
  この短文は、この童話が単なる〔地名由来譚〕ではなく「人と森との原始的な交渉」「農民に与えた自然の順違二面」という「自然と人間の関係」をテーマにした作品であることを明らかにしています。

  だがこの凝縮した短文にある「人と森との原始的な交渉」とはどんなことか。「自然の順違二面」とはどんな意味を持つのか。これらのフレーズには複雑なナゾがある。また童話に登場する「四人の男」も狼や山男も、手の長い大男も何か奥深い時空のナゾを背負っているとみられる。これらのナゾ解きには、やはり老練な刑事よろしく童話の現場に立って推理するのがよいのでしょう。

  森が近くきれいな水もあり、地味も悪くない野原に畑をひらくことを決定した4人の男たちは、てんでに四つの森に向かって叫びました。
 
  「ここへ畑起してもいゝかあ。」
  「いゝぞお。」森は一斉にこたへました。
  「ここに家建てていゝかあ。」
  「ようし。」森は一ぺんにこたへました。
  みんなはまた声をそろへてたづねました。
  「ここに火をたいてもいゝかあ。」
  「いゝぞお。」森は一ぺんにこたへました。
  みんなはまた叫びました。
  「すこし木貰ってもいゝかあ。」
  「ようし。」森は一斉にこたへました。
 
  この場面が人と森との「原始的な交渉」というのでしょう。賢治には、この交渉の背景に自然に基礎を置く「自然法」という認識があったのかもしれません。滝沢エミシが大和征夷軍に屈伏し順化して、律令国家の「田夷」となっていたとしても、岩手山麓まで土地支配が及ぶのは有り得ないので、岩手山麓の原野はまだ律令国家によって人為的に形成された「実定法」とはまったく無関係だったとみられます。

  「自然法」とはそうした「人為に関係なく自然的に存在し妥当と想定される法」だから、岩手山麓の原野の所有権は「自然的な存在」である「森」に帰属するのは当然でしょう。賢治は、「人と森との原始的な交渉」の成立には「自然法」の適用を想定したのではないでしょうか。

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