2010年 4月 14日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉172 伊藤幸子 さくら咲く

 さくら咲くその花影の水に研ぐ夢やはらかし朝 (あした)の斧は
                                      前登志夫
 
  私には大切にしている新聞の切りぬきがある。平成20年4月5日に亡くなられた「吉野の山人」と称される前登志夫さんの惜別の記事。カラー写真で20畳ぐらいの二間続きの書斎の中央に、ラフなセーター姿で、右手から窓の光がさしこんでなんともいえないやわらかな表情で立っておられる。その足もとから背後まで、びっしりと本の山、書架にもあふれ、ほとんどは畳にじかに積み上げられて、それがみな現在仕事中の様子に輝いて見える。

  父祖以来25代の山持ちの歌人、大正15年1月1日生まれの氏は、長兄の戦死によって、伝来の山林業を継ぐことになり、都会暮らしも長かったこともあり、吉野に定住することへの逡巡があったと聞く。そう思って読めば、さくらの花影の映る水に研ぐ「斧」の刃の鈍い光も見えてくる。美しすぎる花ゆえに、木を伐る道具を結びつける危うさをも見てしまう。

  「海にきて夢違(ゆめちがへ)観音かなしけれとほきうなさかに帆柱は立ち」これも代表歌としてつとに知られている作品。故郷脱出を願う氏に、ついに夢を違えてくれなかった「夢違観音」のかなしきまでの美しさ。奈良には遠き海原に、届かぬ帆柱がそびえ立つ。

  「山人(やまびと)とわが名呼ばれむ萬緑のひかりの瀧にながく漂ふ」「形象を死者と頒たむわが伐(こ)りし木の年輪のくらきさざなみ」氏の作品には常にいにしえの大乱や神、霊の存在が豊かに息づいている。自らの老いを見つめても「急速にふかまる老を嘆かざれ異界はつねに蒼くけぶらむ」と詠まれる。老いという未知の日、さらにその先の異界さえも蒼くけむる深山の芽吹きととらえる美意識に感銘。

  「しばらくは留守になるぞと言ひおかむ、夜の猪 昼の郵便」等しくけものもわれも山の住人。晩年、肝硬変を病まれ、天理市の病院に入退院。そして死の数日前に、医師に退院直訴の手紙を置いて吉野の山に帰られた由。

  「われはいま静かなる沼きさらぎの星のひかりを吉野へひきて」総合誌に発表された絶詠。大自然の歌枕の中で、82歳を一期(いちご)に逝かれた稀代の歌人の野辺送りの日には、吉野全山満開の桜が天地のあいろなく輝いていたという。
  (歌人、八幡平市平笠)

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