2010年 4月 15日 (木)

       

■ 〈保阪嘉内の短歌〉144 望月善次 衣川、浪子が扮ると

 衣川、浪子が扮(ス)ると無量丸抱き
  て立てる立姿かな。
 
  〔現代語訳〕(文覚が懸想した遠藤盛遠の妻袈裟の母の)衣川よ。(初瀬)浪子が扮して、無量丸を抱いて立っている姿が素晴らしいと思います。

  〔評釈〕「都市居住者」九首〔「東京雑信」、『アザリア』六号(大正七年六月二十六日)〕中の四首目で、嘉内のノートでは「TEIGEKI NITE」四首のうちの一首。第二句の「扮る」の「扮」には「す」のルビがある。以前の歌舞伎関係歌でも述べたが、そちらの方面の知識がほとんどないので、「素人の当てずっぽう」で、見当外れの連続だろうが御海容を得たい。「TEIGEKI(帝劇、帝国劇場)」は、一九一一(明治四四)三月の開場。「今日は三越、明日は帝劇」とも言われた東京名所。「浪子」は、その第一回生の初瀬浪子ではないかと当て推量した。同じく「衣川」も「袈裟と盛遠」中の、後の文覚(渡辺旦)が懸想した遠藤盛遠の妻袈裟の母だとした。懸想された袈裟が渡辺旦を夫の殺害に手引きする約束をし、自身が身代わりとなって討たれるという悲劇は、後年映画にもなっているからご存じの各位もあろう。観劇は、傷心の嘉内を慰めるほどのものであったことのみを指摘しておこう。
  (盛岡大学学長)


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