2010年 4月 20日 (火)

       

■ 〈夜空に夢見る星めぐり〉253 八木淳一郎 星に連なる夢

     
   
     
  毎月第1土曜日は盛岡市本宮にある盛岡市子ども科学館で星を見る会が行われる日です。科学館オープンからしばらくの間は年に4回ほどの開催でした。しかし、数少ない機会がたまたま雨模様だったりすると、プラネタリウムで学んだ知識を生かして実際の星空や本物の天体を目にすることができません。

  そこで途中からは今のように月1回は本物の星を見る会が実施されるようになりました。それでもなお天候が思うにまかせず、実施できるのは年間6、7回でしょうか。科学館の先生方はいつも歯がゆい思いをされています。

  子ども科学館がオープンしたのは昭和58年(1983年)の5月5日。今から27年前のこどもの日です。この日のことが昨日のことのように思い出されます。

  青空の下、駐車場のある広場はたくさんの人で長蛇の列ができ、入場するまでわくわくしながら長い時間待ったことでした。それから1カ月後のことでした。そのころ国会議員をされていた工藤巌先生が街でお声をかけてくださいました。

  「子ども科学館に行ってきてくれたかい?」「はい、本当にすばらしい施設をつくっていただいて。盛岡ばかりか岩手の子どもたちに大きな夢をプレゼントしていただきありがとうございます。」「でもね、僕は…。」なぜか先生はお顔を曇らせました。

  工藤先生は、盛岡市子ども科学館、ことにもプラネタリウムの生みの親といってもいい方です。工藤先生が亡くなられてもう何年もたちますが、盛岡市民で工藤先生をご存じない人はあまりいないでしょう。

  あるときは盛岡市長として、教育長として、あるいは岩手県知事として子どもたちの教育と夢をはぐくむことには特に力を注がれ、その情熱は誰にも伝わりました。

  ご療養中の病室にお見舞いに伺ったときのことです。渋谷で初めて見たプラネタリウムの思い出を語ってくださり、賢治ゆかりの地盛岡の子どもたちにも同じ感動を味あわせたいとの思いが子ども科学館という形になったのだと知りました。

  呼吸がおつらいにもかかわらず、教育、行政に携わる何人かの方々へ電話してくださいました。本物の星をみせることは大事なこと。市民の天文台をつくってプラネタリウムと車の両輪のようにすることが大切だからと。

  おそばで奥様が、先生のお体を気遣われながらもほほ笑みながらうなずいていらっしゃったのを忘れることができません。

  多額の人件費や議会費、競馬など市の財政を苦しめる課題が山積していると聞きます。子どもたちにとって大切なことがこれらのことで摘み取られるとしたらなんともやりきれないことです。

  市議会で二度も採択され、歴代の何人もの教育長さんたちが理解を示され、そして今の市長さんはついに早期の実現を約束してくださいました。工藤先生に天文台のオープンをご報告できる日がもうそこまでやってきています。
(盛岡天文同好会会員)

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