2010年 4月 25日 (日)

       

■ 〈早池峰の12カ月〉42 丸山暁 アリとマザー・テレサ

     
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  本コラムの始まりは昨年の初夏「2d車で丸太が届いた」だったが、この時期丸太が届く前に、リンゴの剪(せん)定枝がやってくる。剪定枝と言っても、直径2、30aの丸太もあり、近所のリンゴ農家からワゴン車で7、8回運んでくる。

  リンゴの木は火力もありその上甘い香りが立って、ヨーロッパではお客さんをもてなす時に焚(た)くのだと、ストーブ屋さんが教えてくれた。わが家でもリンゴの木が残っていれば、お客さんが来た時に焚くが、まずは自分たちで暖を取り、甘い香りを楽しんでいる。

  なんと利己的、思いやりのないやつと思われるかもしれないが、人間、否人間だけでなく生き物は多かれ少なかれそのように利己的なものである。

  たとえば、僕らのように春には冬に備えて働く(まきの用意)代表格として、イソップ童話の「アリとキリギリス」のアリがいる。この話は子ども向けの絵本では、皆さんご存知のように、夏場歌って遊んでばかりいたキリギリスが冬になって「アリさん食べ物おくれ」というと、アリさんが「はいどうぞ」と言って仲良く冬を過ごすことになっている。

  しかし、イソップの原典でこの話は「アリと甲虫」で語られていて、甲虫(フンコロガシ)が冬に飢えてアリに食料をねだるのだが、「夏場働く僕をバカにして遊んでばかりいるからこのざまだ(丸山の意訳)」と批難するだけで、食料を分け与えたとは書いてない。

  しかも、当の働き者とされているアリは「自分の働いた分だけでは満足せず、他者の農作物まで盗んでためこむ人間を、ゼウスが怒ってアリの姿に変えた」とある。アリが貪欲に獲物をとる姿は、元の人間の姿であるそうだ。あくまでもイソップの寓話(ぐうわ)であるが。

  ところで、人間のこのような利己的な資質は、人間だけではなくすべての生き物の遺伝子に組み込まれている資質であるとしたのが、R・ドーキンスの「利己的な遺伝子」である。

  当時「利己的な遺伝子」が一人歩きし、人間は本来身勝手な生き物だと曲解されたが、生物は自己犠牲、利他的な行動をとることも知られている。ただ、それも自らの種を守るためであれば、やっぱりすべての生き物の本質は利己的なのかもしれない。

  人間「世のため人のため」と言いがちだが、まず自分を守り、同時に余力があれば他者への配慮も忘れないという程度が最も素直でまっとうな人間性、生き方ではないだろうか。

  以前来日したマザー・テレサに「世界の貧困のために日本人に何ができる」と問うたら、「まず自分の国の貧困(物心、特に精神的)をなくしなさい」と答えたのを思いだす。

  (丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

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