2010年 5月 5日 (水)

       

■ 〈過ぎ去りし日〜北上山地に生きた人々〉1 横沢隆雄 牛の思い出

     
  昭和60年ごろ、遠野市土渕町で  
 
昭和60年ごろ、遠野市土渕町で
 
  昔、集落のほとんどの家では牛を飼っていました。牛の種類は「日本短角種」という肉用牛で、春から秋にかけては放牧、冬の間は舎飼いの「夏山冬里」と呼ばれる飼い方で飼っていました。

  牛は一家の大きな収入源であるとともに、冬の間に牛舎でできた堆肥(たいひ)は田畑の肥料として大切に使われていました。

  冬の間、牛舎に閉じ込められている牛たちは、春の放牧の季節を待ちわびていました。

  「山あげ」の季節となり、迎えの車が来ると先を競い合って車に乗り込み、放牧地に到着すると大喜びで車から飛び降り、新緑の中に消えて行くものでした。

  そんな牛飼いの生活に終止符が打たれたのは20年ほど前のこと。

  価格の低迷で牛を手放す農家が続出する中、わが家でも牛をやめることになったのです。

  牛を売るには秋の牛競りで売るのが一般的だったのですが、わが家で牛を売ったのは春の事でした。

  迎えの車が来ると「山あげ」を待ちわびていた牛たちは、いつものように大喜びで車に飛び乗りました。

  勘の鋭い牛たちですから、家の者が誰も車に乗り込まないことで行き先が放牧地ではないことを悟ったのでしょう。

  不安げな表情で後ろを振り返りながら去って行ったあの牛たちの姿を、今でも忘れることができません。
(毎週水曜日掲載)

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