2010年 5月 7日 (金)

       

■ 〈古都の鐘〉41 チャペック・鈴木理恵 フォルテピアノ

     
   
     
  フォルテピアノを弾き始めて7、8年になる。偶然聴きにいった演奏会で目を開かれたのがきっかけで、やってみたいと強く思った。素晴らしい演奏、出会いというのは、人を新しい分野にチャレンジさせるように、何かを決定的に変えるほどの力を持つものだ。

  ほどなくしてその時の演奏家がオーストリアのある湖畔の街で講習会を持ったのだが、わたしのような初心者も参加が許されたので、期待半分不安半分で出かけて行ったものだった。

  余談だが、盛岡出身スイス在住のオルガニスト、菊池悦子さんとは、これもまたそこで偶然に出会い、今ではかけがえのない友人となっている。こんなことがあると、やはり主の思し召しというのは存在するなと思わされる。

  初めてのフォルテピアノ演奏体験は強烈だった。いつも弾いているモーツァルトやベートーベンが、全く違って感じられた。未知の豊かな世界が目の前に広がっているのを感じて歓喜したと共に、そこに本当に足を踏み入れるまでの道のりの険しさに意気がくじけた。

  というのも、1800年前後のモーツァルトからベートーベンの中期ごろまでのピアノは、今のピアノとは全く違い、ペダルはひざを上下させて操作しなくてはいけないし、なによりタッチが軽いのである。体の小さいわたしには足台なしにはひざがペダルに届かず、当然に弾き方と姿勢を考える必要に迫られた。加えてタッチの軽さは、モダンピアノしか知らない指にとっては、滑って空回りしてしまい、はじめは全くコントロールが利かなかった。

  いかに楽器を入手するかという問題もあった。当時のウィーンは意外にもフォルテピアノに携わる者が少なく、楽器の調達は簡単にはゆかなかった。国立オペラ座にモーツァルトのオペラなどあると、フォルテピアノを納めているという楽器屋が一軒あると聞き、初めはそこで1時間いくらで貸りて練習していたが、それにも限りがあった。

  さらにあちこちから情報を集めると、フォルテピアノを売りたいという人が1人あると言う。飛んで行って試してみるとこれがなかなか悪くない。すぐに払える金額ではなかったので、悩みに悩んで、びっくりするくらい長年のローンを組むことをなんとか了承してもらって、わが家に楽器を運びこんだ。偶然の演奏会での出会いから1年が経っていた。

  それからは試行錯誤の日々である。当時の楽器─オリジナル楽器と呼ばれているが─を弾くには、モダンピアノでのやり方をそっくりそのまま持ってきたって、意味もないし第一うまくいく訳もない。なんだか全然違う扉をたたいているような感じだった。

  ではどうしたらよいのか。まず昔のやり方や様子を知ることが必要になってくる。専門家のレッスンを受けたり、文献を調べたりしているとそのうち、どうしてピアノがこんな風に変遷してきたのか、どうしてバロックからクラシック、そしてロマン派から近現代へと楽曲スタイルが変わっていったのか、その理由が分かってくる。

  勉強とは面白いもので、やっていくと一つの事実がいろいろな角度から裏付けされて納得できるようになる。この曲はどう弾かれるべきかということが、答えから式を割り出すように、自ずと知れてくるのである。ああ、そういうことだったのか!と思わずひざを打ちたくなることが起こってくる。

  フォルテピアノを弾き始めて、楽器の管理にも気をつけなければならないことにもなった。モダンピアノと違って、大変デリケートなこの楽器はよく機嫌を損ねる。世話の焼けるかわいいわが子という感じである。弦が狂いやすいので自ら調律をしなければならない。調律のピンが緩んだり、きつくなったりすると、ピンにやすりをかけたり、水を木に含ませたり、あるいは木くずを挟んだりして調節する。弦が切れると自分で張る。ダンパーの調子も後ろの木を削ったり、革の部分を針でほぐしたりして調節する。キイの重さ加減も上がり具合も調整する。

  今ではわたしのフォルテピアノ工具箱というのがあって、ペンチやらドライバーやら必需品があふれている。

  自分で楽器を調整できるということは、逆に言うと─わたしにはまだまだだが─、自分の好きなようにカスタマイズできることにもなる。奥には奥の楽しみが待っているもので、本音を言うと、フォルテピアノ工房に弟子入りして、自分でひとつ楽器を作ってみたいものだと思っている。そうしたらもっともっといろいろなことが分かるようになるのだろう。

  ほんの小さなきっかけが─この場合、ある演奏会であったが─、水面に波紋が広がるように、自分の世界や生活を変えていく。経験とは、こちらが斜でなく面と向き合えば向き合うほど、新しい一面を見せて深い世界に連れて行ってくれるようなところがある。面と向き合うのは、時に多くの骨折りを求められるけれど。

  苦悩を経て歓喜に至る!ベートーベンの愛した言葉は、こんなことにも当てはまるじゃないかとひとりうなずき、わが子の機嫌を案じながら、来週のコンサートの準備をしている。
(ピアニスト、ウィーン在住)

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