2010年 5月 11日 (火)

       

■ 〈保坂嘉内の短歌〉153 望月善治 寺の鐘工場の鐘は

 寺の鐘 工場の鐘は 夕映えの たなびく雲の 中に吸はれぬ。
 
  〔現代語訳〕寺の鐘や工場の鐘は、夕日に赤く染まって棚引いている雲の中に吸はれたのです。

  〔評釈〕「東京夕景集」十一首〔「東京雑信」、『アザリア』六号(大正七年六月二十六日)〕中の四首目。「夕映え」は、「夕日に空が赤く染まること」であるが、「夕日の光を受けて物が美しく見えること」〔『広辞苑』〕という解説をつけている辞書があるように、プラス的評価と結びつくことが多いのは興味深い。「たなびく」の「たな」は接頭語だとするものと〔『広辞苑』〕、「タナはタナ(棚)と同根。横になびく意」〔『岩波古語辞典』〕などに分かれるが、後者寄りの〔現代語訳〕を付けておいた。「寺の鐘 工場の鐘」と何でもない表現であるが、前に置かれた「朝はまた工場の笛に 明けにしを 夕べは寺の鐘に 明け行く。」に続くものだとすると「工場の笛」と「工場の鐘」との関係は気になるところ。しかし、この作品が「東京夕景集」十一首の中に置かれていることを考えると、「(工場の)笛と鐘」の詮索(せんさく)よりも、そうした音を聞きながら堪えている話者の心中の推察こそが肝要な点となろう。
  (盛岡大学学長)


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