2010年 5月 12日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉176 伊藤幸子 寅さんの真

 お祭りで朝から太鼓で下駄新しく  風天
 
  俳号「風天」、人気映画シリーズ「男はつらいよ」のフーテンの寅さんこと渥美清さんの句集「赤とんぼ」より。序文を山田洋次監督、跋(ばつ)文をコラムニスト森英介氏の解説に飾られた223句に、こまかい点描の装画が楽しい。師匠もなく、どこの俳句結社にも所属していなかったという氏の自由律の調べはのびやかだ。

  昭和3年生まれの氏の東京下谷区車坂のお祭り風景はどんなものだったろうか。ちょうどわたしの地区のうぶすな神社でも、5月3日例大祭だった。小学校全児童による奉納田植踊りや民謡芸能大会で終日にぎやかにすぎた。

  「がばがばと音おそろしき鯉のぼり」「ちまき汗かいてまじめそう」「花びらの出てまた入るや鯉の口」いずれも大好きな句。風をはらむ鯉のぼりと池の鯉。あたかもエサのように花びらをのみこむさまを、わたしも何度も目にしてはいるが作品に仕上げるまでに至っていない。ちまきが汗をかいてまじめそう、の感性に脱帽。

  「初めての煙草覚えし隅田川」「待合の階段裸足(はだし)夏めいて」また「うつり香の浴衣まるめてそのままに」この辺りは隠微な大人のふんいき。下町の待合の、なにやらわけありな芝居の書き割りにも見えてくる。今しも「ヨォ!」と声をあげて、小沢昭一さんや井上ひさしさんの足音も聞こえてくるようだ。

  わたしは寅さんが大好き。むかし山形に住んでいたころ、テレビはTBS系が映らなかった。「8時だよ全員集合」もハトヤのコマーシャルも入らない地域と知った時の子ども達のショックは大きかった。笑いを理解しないアンチ・寅さん軍団もいたが、惚(ほ)れっぽくてあったかくて、マドンナに寄せる純情寅さんの旅日記をわたしもまた熱く語ったものだ。寅屋の日めくり暦を見てはマドンナとのデートを夢みてため息をつく彼の姿が目にうかぶ。明日という日が遠いのは恋の魔力・魅力であろう。

  でもでも、「団扇(うちわ)にてかるく袖打つ仲となり」これが寅さんの真、シャイで純で泣かせる世界だ。「赤とんぼじっとしたまま明日どうする」句集名となった作品。人々にいっぱい元気を捧げ続けた自画像か。「お遍路が一列に行く虹の中」「花道に降る春雨や音もなく」等の句を遺して平成8年夏、68歳の幕を閉じられた。

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