2010年 5月 19日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉177 伊藤幸子 朝目よく

 雪の下の熊笹を喰(は)みて太りしか残雪の山を羚羊(かもしか)下り来る
                                            永井保夫
 
  「角川現代短歌集成」より。カモシカをわがやの周辺で見るなんて思いもよらなかった。花の黄金週間は、夫の忌日に当たっていてことしは回忌法要を営んだ。墓前に香華灯燭洗米を供え、そのあとお寺でささやかな会食をした。写真の人は老いることなく、遺された者のみが確実にこの世の滓(おり)を積んでゆく。

  翌朝5時ごろ、洗米や供え物や香炉を片付けようとひとりでお墓に出かけた。風はないが洗米を盛った皿はカラスにひっくり返され、花も乱れている。それらを整えて、車にもどると左手の木立に何か動くものがある。

  まさか、クマ?と背筋がザワッとしたが灌木の繁みから姿を現したのは枯草色の、犬よりは背が高く、子牛よりは小さいがずんぐりと太ったカモシカだ。車に乗ろうとしたわたしと目が合い、それから悠然と山の小道に消えていった。驚いたのはこっちの方で、エッ、こんな所にカモシカが来るなんてと、本当にびっくりした。昔から鹿は神の使いといわれるが、朝まだき、夥(おびただ)しい霊の鎮まりどころで聖なるけものと出会ったことに、何かふしぎな磁場の深遠な周波が感じられてならなかった。

  折口信夫の小説「死者の書」に「朝目よく」という表現が出てくる。小説全体は非常にむずかしく、天武天皇の御子、大津皇子がなさぬ仲の母である持統天皇に疎まれ殺されて、二上山に葬られた経緯から始まる。

  ここに描かれる女主人公、いわゆる中将姫が当麻寺に籠(こも)って蓮糸で曼荼羅(まんだら)を織り上げる筋立ては知られているところ。姫の侍女たちはいつも朝の起きぬけに、最初に目にしたことがらで一日の吉凶を占っていたようだ。「けさの朝目がよかったから」と明るい運気を予測したり、水仕の汚れを見たりすると「なさけない朝目よ」と語りふさぎこんだりしたものだという。

  姫の目に映る朝目のすがしさは、二上山の秀峰のもと、まばゆいばかりの堂塔伽藍の荘厳さである。そう思って眺めると、けさの岩手山の山頂は、鏡のように研ぎすまされた残雪に朝焼けの名残りが照り映えて、その中で生まれて初めてのカモシカとの邂逅(かいこう)。この上ない朝目のめでたさに、わたしは心からの感謝を捧げた。

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