2010年 5月 30日 (日)       

■ 〈早池峰の12カ月〉47 丸山暁 グリーンゲートの妄想

     
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  冷たい雨にぬれるグリーンゲート(このゲートは本欄ではおなじみでしょう)に入ると、陰鬱で足早に通り過ぎたくもなるが、しばしたたずんでいると、緑が輝きを増し、緑のエネルギーに満たされて、ある妄想が沸いてきた。

  僕はこの世に生まれ出たのではない。僕が生まれたからこの世がある。地球、否宇宙さえ僕が生まれたからある。そして、僕がこの世から消えた瞬間、存在のすべては消滅する。

  こんな考えは無知蒙昧(もうまい)、誇大妄想狂の考えと一笑に付されてしかりだが、あながちそうとも言い切れず、この考えを完全に否定できるものはこの世にはいないはず。

  宇宙の誕生130億年、地球は45億年、生物進化、人類数百万年の歴史。それらは宇宙科学、地球物理学や考古学が証明し、僕はその歴史の今を生きる一人でしかありえない。

  しかし、それでも、アホかと言われても、宇宙の歴史、生命・人類の進化の痕跡、僕の親兄弟、祖先とて、僕という人間ただ一人のために用意された幻想であると考えることもできる。なぜなら、僕の生前、死後、僕が存在しない世界を僕が認識するすべがない。

  ドンキホーテは、幻想の姫を守るために痩(や)せ馬にまたがり風車の騎士に立ち向かった。

  スペインの至宝トレドの西側の城壁に「ブラッドゲイト(血の門)」と呼ばれている門がある。そのゲートに座り血に染まるような夕日を眺め、セルバンテスはドンキホーテの妄想に思いを馳せたという。ドンキホーテの妄想はセルバンテスの心の中にあった。

  トレドを訪れた夕刻その場に立つと、「ブラッドゲート」は血の色(夕焼け)に満たされ、ドンキホーテの物語が現実であってもおかしくないと思えた。

  人生は、特にこのごろ窮屈で、進路を踏み外さないよう真面目そうに生きなければ排除され、しかも競走を強いられる。特にこの時期、5月病などと気がめいることもある。

  こんな時代だからこそ、真面目腐った社会なんてくそ食らえ、世界は自分を中心に動いている。自分が消えればこの世も終わる。たまには、そんな妄想を思い描くことがあってもいいではないか。

  効率化、利益追求の歯車としてしか生きづらい社会、インターネットの端末機と化し情報に流されがちな現代人だが、たまには一人妄想にふける場所や時間が必要ではないか。心の中の夢や物語なら、どんなに膨らませても金もかからず、誰の迷惑にもならない。

  グリーンゲートは四季折々姿を変える、僕にとってのそんな場所である。

  (丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

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