2010年 6月 1日 (火)       

■ 〈保坂嘉内の短歌〉最終回 望月善治 連載終了のあいさつ

 「宮澤賢治の周辺」と題して「保阪嘉内の短歌」の評釈をその盛岡高等農林学校時代を中心として一六〇回にわたり行ってきた。「盛岡高等農林学校時代における賢治は、少なくとも『アザリア』の範囲においては、文学的に特別の存在ではなく、嘉内や河本義行、小菅健吉とは同等の存在であった。同等であるからこそ、その互いの影響は深部に及んだのである。賢治は、この状態から離陸し、超弩級の文学者として脱皮して行くか、を丁寧に辿(たど)り直したい。」というのが現在の到達しているところである。

  個人的なことを記すのを許していただければ、嘉内は私の高校(当時は旧制中学校)の先輩でもあり、その点においても幸せの時間であった。もし、運命がこの世に置いてもらうことを許してもらえるならば、保阪嘉内の全体的考察を行いたいと願っているが、そのためには、嘉内の残した歌稿の具体的検討をはじめとして、もう少し基本的勉強が必要であることを痛感しているのが現状である。

  今回の連載が可能であったのは、何と言っても、盛岡タイムス社の厚意によるものである。また、保阪嘉内の御遺族である御当主の保阪善三様、嘉内の真の意味においてプロデューサーであると言って良い庸夫先生やご家族の皆様、および向山三樹事務局長をはじめとする「アザリアの会」の皆様には、種々の点について本当に親切にしていただいた。この御厚意を無にしないように力を蓄えたいと思う。

  なお、盛岡タイムスにおける次の連載は石川啄木の詩集『あこがれ』の「現代語訳」について行いたいと思う。引き続き御愛読いただければ幸いである。
  (盛岡大学学長)

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