2010年 6月 12日 (土)       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉164 岡澤敏男 柳田国男の「山男ファイル」

 ■柳田国男の「山男ファイル」

  賢治作品に登場する山男たちは、柳田国男が『遠野物語』『山の人生』『山人外伝資料』にファイリングされた山人・山男・大人(おおひと)に展拠するものとみられます。

  例えば『山の人生』(二五)の「米の飯をむやみに欲しがる事」に紹介された「狗賓餅(ぐひんもち)」と山男の事例は、笊森の山男の事件にとりいれられています。中山道の志津野という町で山の神にぐひん餅を供えず林を伐ったとき、「誰も彼もの斧の頭がいつの間にかなくなり、道具もことごとく紛失していた。これはいけないとその日の仕事を中止し、改めて狗賓餅をして山の神にお詫びをしたら失せた道具がぽつぽつと出て来た」という。

  また『山の人生』(三〇)には童話「祭りの晩」に通じる事例がある。青笹村の某が六角牛山でマダの樹の皮を剥いでいると山男が出てきて手伝ってくれた。お礼に餅をやると、「いついつの晩にお前の家の庭に三升の餅を出しておいてくれ、一年中のマダの皮を持ってきてやる」と約束をした。その通りしてみると、「約束の日の夜中に、庭でどしんと大荷物を置く音がした。およそ馬に二駄ほどのマダの皮であった」という説話は、「祭りの晩」に亮二から団子代の恩義を受けた山男がお礼として薪百把とたくさんの栗を夜中の庭に「どしんがらがら」と届ける状況によく似ています。

  柳田ファイルの山男の容貌は「顔が非常に赤く眼は燿(かがや)きて」(『遠野物語』)とか「背の高い色の赭い眼の光の鋭い」(『山の人生』)とあり、賢治もまた「金色の目をした顔の真っ赤な山男」(「狼森と笊森、盗森」)とか「顔の骨ばつて赤い男で…眼は煤けたやうな黄金(きん)いろ」(「祭の晩」)と描いているのです。

  ところが、ファイルの中には「色は黒く眼はきらきら」(『遠野物語』)とか「色黒く眼円く」「色が青黒く」(『山の人生』)、「男はたいてい肥えて青黒し」(『山人外伝資料』)という「赤い顔」とは別種の山男が収録されています。

  そのなかで、大槌の町の市の日に山から見慣れぬ男が米を買いに出てくる説話は興味ある伝承です。この男は「背は高く眼は円くして黒く光っていた」ので町の人は山男だろうとうわさしたという。これらの説話をルーツとして「盗森」の「黒い男」が発想されたものなのか。

  しかし「黒い男」の事例は「赤い男」に比し少数なので、はたして別種の山男として区別されてよいのか疑問視されています。柳田は、大槌の「黒く光る」大男を「炭窯に入って永く稼いでいる」炭焼きだったのではないかと指摘し、赤坂憲雄氏は『遠野物語』(九二)の「色は黒く眼はきらきらした」男を、子供の恐怖心から錯覚した「黒」だったのではないかと指摘するのです。

  たしかに『遠野物語』や『山の人生』に見られる「黒い男」は、単に顔の色が「黒く見える」という印象で「黒い男」とみなしているので別種とは言いがたいものがある。しかし盗森の「黒い男」は顔とは別に「まつ黒な大きな足」と「まつくろな長い手」をもつ「大きな大きな男」なので、賢治の「黒い男」は炭窯で煤けたり日焼けしたものではなく、異人種の血が流れている故に黒い肌をもつ人物を盗森に現象させたもの思われるのです。

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします