2010年 6月 16日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉181 伊藤幸子 「ささがにの」

 ささがにのふるまひしるき夕暮にひるますぐせといふがあやなき
                                        源氏物語
 
  大地うるおい気温が上がって、一気に夏がきた。夏草の繁るにまかせ、友人達に「原始林」と笑われる庭の草刈りに人を頼んで二日がかりでようやく終わった。蝶も毛虫もミミズもアリも夏の日ざしは快いらしい。

  きょうは蜘蛛と、実に感動的な出会いをした。整理整頓ができない私はいつも雑多にものを積み上げて置く。ついと机を離れて台所に立ち、再び戻るとふしぎや、書きかけの用紙がスーッと立ち上がり、少しずれて止んだ。アレ?と目をこらすと、また紙の端が持ち上がり、まるで誰かが読んでいるかのようだ。

  エーッ、ナニ?ダレ?とことばにならない空白の時が渦巻く。ぐるりと部屋を見回し、ふと天井を見ると、なんと巨大な蜘蛛が全身全霊で垂直の糸を操っているではないか。アレマア、あんた、私の原稿を一番に読んでくれたの!と大声で笑った。

  とっさに「ささがにのふるまひ」の歌がひらめき、われ知らず笑いがこぼれた。源氏物語は「帚木(ははきぎ)の巻」。例の「雨夜の品定め」はつとに有名だけれど、私はさりげなく置かれたこの歌が好きで折々心にとめてきた。

  「ささがにの」は蜘蛛にかかる枕ことば。古代、蜘蛛がせわしく動くのは待ち人が来る前兆という俗信があった。従って「蜘蛛のふるまいが顕著で、男の訪問がはっきり予想される夕暮れなのに、昼間をすごして(蒜(ひる)の香が消えて)から来いとは筋目が通らぬことですね」といった内容の歌。女の側からの返し歌「逢ふことの夜をし隔てぬ仲ならばひるまも何かまばゆからまし」。意は「毎夜親しんでいる仲ならば、昼間(ヒルの香のある間)お逢いしても恥ずかしくはないでしょうね」。こんな風に昼間は「まばゆく」思う女のことなど「君達(きんだち)、そらごととて笑ひ給ふ」と、雨夜の若者たちの天衣無縫な会話は続く。源氏の君はことにも「中の品(中流)」の女性に興味を示される。

  さてさてわがやのささがに殿には、ほんに驚かされ笑わされた。憧れの源氏の君ならば「暑きに、あなかま(騒々しい)」と静かに微笑まれるだろうか。ささがにのふるまいめでたく、大いなる期待にときめいている。

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