2010年 6月 20日 (日)

       

■ 〈早池峰の12カ月〉50 丸山暁 方言が日本を救う

     
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  数年前のある陽気の良い日、キヌサヤの支柱(細い木を組んで上下に麻ひもを架けたつり橋のような構造)を作っていると、「いいてをもらったね」とTさんが声をかけてきた。

  「え?てって何」、僕は彼女の言葉の意味をはかりかねて問うと、「ほら、キヌサヤの手だよ、良い手を作ってもらって」と返ってきた。

  そうか、僕がこの状況を普通に説明すれば「キヌサヤの支柱をつくる」だが、Tさんは、キヌサヤの支柱を「手」と呼び、しかもキヌサヤを擬人化して「キヌサヤが手(支え)を作ってもらった」と表現していたのだ。

  なんと奥深い、植物に対する愛情あふれた表現であろうか。それ以来わが家でも、野菜や花などが倒れないように支える支柱のことを、「手」と呼ぶようになった。

  またある時、集落の別のTさんと池の傍で立ち話をしていると「いわながあるいた」というではないか。「え?いわながあるく?」と聞きなおすと、Tさんは池の中の魚を指差して「ほら、イワナが歩いているだろ」という。

  魚が歩くとはおかしなことだと思ってよくよく話を聞いてみると、この辺りでは、イワナだけでなく蛇も歩き、車も列車も歩くし、飛行機さえ空を歩いているという。

  すなわち、人間でも足のない生き物、人工的な乗り物でも、移動することを歩くという。

  両Tさんの「手」「歩く」という表現は、言葉の意味の細分化が進んでない分だけ、生き物や物を人間的にとらえ、暖かな眼差しで見つめているということではないか。多分こういう現象は 岩手県だけでなく多くの地方の言葉、すなわち方言、言い回しに残っているのではないかと考えられる。

  明治維新後、中央集権化、軍隊の統率強化、効率化のため言葉の標準語化が国家的政策として進められ、方言は否定され、いじめの対象とすらなる時代が長く続いてきた。

  しかし、最近方言を使う芸人や漫才が受け、方言の復権も各地で起こっているようである。高度成長期を終え標準化が進み閉塞(へいそく)感に覆われた現代社会を変革し、新たな明るい日本、平成維新は方言の復権、地方の多様で豊かな人間性が切り開いて行くのではないか。

  ちなみに「わしの方言は広島弁じゃけー」と言えば、栃木弁漫才師に「おめーは宇都宮生まれだっぺ」とつっこまれそうだが、宇都宮は生まれただけ、僕の原体験、古里は広島である。それでもこのごろ「うだ」「だべ」と言っている僕がいる。
  (丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

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