2010年 7月 14日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉187 伊藤幸子 箱庭療法

 年齢(とし)の差だけお前は生きよと言ひし夫聞き捨てにして過ぎし若き日
                                          三木アヤ

  このほど所属する短歌会の武蔵野支部の会誌を頂き、目次を見て驚いた。北原白秋、宮柊二門の重鎮、三木アヤさんが今年3月、満90歳にて亡くなられたという。この歌は、15年前にご主人が逝かれたとき、「9歳違いだったから、あと9年はがんばらないと」と言いながら詠まれたものの由。

  大正8年香川県生まれの氏の、第一線の女流歌人としての活躍ぶりはつとに知られ、結婚後進学、大学院まで出られて臨床心理士として「箱庭療法」の業績も残された。「八王子に昏れゆく山も空も見て箱庭指導の一日を終る」「鑑別所ただいかつきに出て入りの人影あらぬ戸口明るし」等の専門職と作品の力強さ。

  一方、ご自宅杉並区浜田山の自然を愛され、四季の植物の歌も多い。「咲く花をガラス器に盛り株ごとを掘りて給へりクリスマスローズ」は、「三十年前、佐藤達夫先生より戴きしもの」と詞書がある。同「『あの花が咲いたよと主人はいいますの』ご夫妻共に今は在さぬ」昭和49年、人事院総裁佐藤達夫氏逝去。夫人も52年に逝かれたが、先生の細密な植物画は毎月私達の歌誌の口絵を飾られたのだった。「佐藤達夫・花の画集」ab2巻は私の宝物である。2巻ともに佐藤家「雑草園」に寛ぐお二人の写真があり、加えて朗らかな笑顔の三木さんの姿も見えるようだ。

  みんな、あちらの世界に行かれてしまった。「積む雪に足をとられて転びたるそれの如くに死はくるならむ」「寒くないか、夜具ひきよせて掛けくれしを憶ひて寂し夫は亡き人」平成10年のお作。そして、今宵これら旧号を開いていたらハラリと一枚の紙片がこぼれた。

  「桜川左手に見て進むべし常宿とれずわがさまよひぬ」平成10年早春の拙作。夫が赴任先で死の床につき、水戸駅前に常宿をとっていたのだが、この時は満員で断られ途方にくれた。そんなことも思い出し、三木さんに両腕いっぱいに抱かれ慰められたのが昨日のようだ。

  「『お前さん極楽トンボ』とひとりごつ、笑へず泣けず八十歳のわれは」平成12年1月号の4首を以て氏の作品掲載は絶えていた。言い尽くせぬ恩ととり返しのつかない悔いを抱いて、私もまた「極楽トンボ」に憧れている。


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