2010年 7月 17日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉169 岡澤敏男 「順違二面」と農神への

 ■「順違二面」と農神への信仰

  続橋達雄氏は『宮澤賢治・童話の世界』で「狼森と笊森、盗森」について「歴史的時間をとびこえた世界への夢想」と解説しているが、(前回この「夢想」を「無想」と誤記したので訂正します)私は登場する農民が「けらを着、山刀や三本鍬や唐鍬」を所持する風体から歴史的時間を〈古代史・平安時代〉の場としてとらえ、滝沢エミシの竪穴住居農民と自然との生活をドラマ化したものと解釈しました。

  そのドラマとは「人と森との原始的な交渉で、自然の順違二面が農民に与へた永い間の印象」(童話集『注文の多い料理店』の広告ちらしに書かれたもの)という理念に包まれたファンタジーと理解したのです。

  滝沢エミシは歴史的には律令国家に服属しながらもまだ班田収授や戸籍制度の埒外にあって、岩手山ろくの原野は律令国家から支配されずにエミシの自治地帯となっていたものと思われます。したがって原野の開拓には「人と森との原始的な交渉」で入植許可が必要です。森は自然神(土地神)を意味するものでしょう。

  「ここに畑起してもいゝかあ」
  「いゝぞお」森が一斉にこたへました。
  「こゝに家建ててもいゝかあ」
  「ようし」森は一ぺんにこたへました。
  「こゝで火をたいてもいゝかあ」
  「いゝぞお」森は一ぺんにこたへました。
  「すこし木(ざい)貰ってもいゝかあ」
  「ようし」森は一斉にこたへました。

  このように農民たちは自然神と交渉して許認可を得るのです。原野を拓き、建造物を設け、たき火をし、樹木を伐ることは自然環境損傷につながるので原野の管理者の森の精霊に、農民たちはいたずらに乱開発しないと約束して入植したのです。

  ところが自然は順調な天候ばかりでなく旱魃(かんばつ)や冷害をもたらし農民に注意を与えるのです。子供の誘拐、農具や粟の隠匿は異常天候の比喩(ゆ)とみられ、狼も山男も黒い大男もみんな自然神の眷属(けんぞく)なのでしょう。

  農民は出来秋の豊作に心を奪われ、森の精霊による豊作の予祝に無関心だったが、子供や農具、粟の神隠しにより反省させられたのです。賢治は仏道における順縁・逆縁(違縁)の思想により農民に「自然の順違二面」という観念を与えたのです。

  このように自然がもたらした異常な事件(逆縁)は、農民の自然に対する敬虔(けいけん)な宗教的(仏道)契機となり、自然神への信仰的な芽生えとなったのです。このように波乱に満ちた童話の結末は四つの森の精霊に「毎年、冬のはじめにはきつと粟餅」を供え収穫のお礼をするようになったことで終わっています。

  折口信夫は「民間行事の研究」(昭和5年〜7年)の中で「神が春田打ちをして、土地の精霊に出来秋の豊穣(ほうじょう)を約束させて帰ったが、その通り上作であると、秋にも一度遠くから神の来臨を願うて神を犒(ねぎら)い餅をついてお礼をして、更に来年もこの様に豊作にして下さるように、と頼むところから秋祭りが起こって来た」と述べているが、滝沢村のつぎの農神信仰ともつながっているように見えます。

  春3月16日は山神様が山に帰り、代わって農神様が里に来臨するので、各戸が米の粉でもちを作り神前に供え、また秋9月16日は豊作をもたらした農神様が山に帰るのでお団子を作って供えお送りするのです。

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