2010年 7月 18日 (日)

       

■ 〈早池峰の12カ月〉54 丸山暁 大器は晩成す

     
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  12カ月前、このコラムは「2d車で薪(まき)がきた」で始まった。その薪は少しは残るかと思ったが、今年は春先寒い日が続いたので、すべてストーブの灰となり、畑の肥料となった。

  この写真の薪は、今年6月ごろに割ったものである。これまでに2dトラックで18杯、すべて積めば製材所のちょっとした小山ぐらいの量になるだろう。おかげで北国の冬を乗り越えてこられた。自然の恵み、山神様に感謝である。

  写真手前の大きな切り株の上に刺さっているものがお分かりだろうか。わが家の守り神、トーテンムポールのようなものである。実体はスコップの先とツルハシとホークの先っぽである。彼等は、共にこの地で生き、力尽きたものたちである。

  ツルハシは、畑を耕すと出てきた大きな石を掘り起こすのに活躍してくれ、柄をつければ使えるのだが、重すぎるので今は守り神となってもらっている。なかなか、壊れたからといって、共に生きてきた仲間は捨てられない。

  どうも貧乏性なのか、一度手に入れたものは物体でも趣味でも仕事のような事でも捨てられない性分である。

  子供時代は山道で、宝石のようだとガラスのかけらを随分集め、銀座時代は道路で車につぶされた空き缶を現代アートだと拾ってはかばんに詰め持ち帰った。

  こういう人間は良く言えば多趣味、多才といわれるのだが、何にでも手を出す器用貧乏ともいいい、大成しない代表格のようでもある。

  それでもこういう資質は、高校時代読んだ精神分析家ユングの『ユング自伝』によると、まんざら捨てたものでもないと思っている。

  そこには「人間は、何か特異なものを特化させるのではなく、可能なものはあらゆる方向に育てていった方が人間的に大きくなれる」というようなことが書いてあった(間違っているかもしれないが僕はそう解釈した次第)。

  そのころから、僕は、いわゆる趣味も仕事も何か一つに限定する必要はない。せっかく一度の人生なら幾つかの仕事に携わるのもいいのではないかと考えるようになった。

  仕事を覚えるため都会でゼネコン勤め、田舎暮らしの建築事務所、それらと共に創作活動。成功などとは言えないが思い通りにやってきた。さて少しは人間として成長したか。今はなき母から「暁は大器晩成、好きに生きればいい」といわれて育ち、ここまで来た。

(丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

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