2010年 7月 18日 (日)

       

■ 〈音読・現代語訳『あこがれ』石川啄木〉5 望月善次 白羽の鵠船

 白羽の鵠船で漕ぎ入る世界で、哀しき世の終りは霊の光の無限の生の門出だと知るのです。
 
かの空(そら)みなぎる光(ひかり)の淵(ふち)を、魂(たま)の
白羽(しらは)の鵠船(とりぶね)しづかに、その青渦(あをうづ)
夢(ゆめ)なる櫂(かひ)にて深(ふこ)うも漕(こ)ぎ入(い)らばや。│
と見(み)れば、どよもす高潮(たかじほ)音(おと)匂(にほ)ひて、
楽声(がくせい)さまよふうてなの靄(もや)の〓(きぬ)を
透(す)きてぞ浮(う)きくる面影(おもかげ)、(百合姫(ゆりひめ)なれ)
天華(てんげ)の生襞(いくひだ)〓(さや〓〓)あけぼの染(ぞめ)、
常楽(じやうげふ)ここにと和(やは)らぐ愛(あい)の瞳(ひとみ)。
 
運命(さだめ)や、寂寥児(さびしご)遺(のこ)れる、されど夜々(よよ)の
ゆめ路(ぢ)のくしびに、今(いま)知(し)る、哀愁(かなしき)世(よ)の
終焉(をはり)は霊光(れいくわう)無限(むげん)の生(せい)の門出(かどで)。
瑠璃水(るりすゐ)たたえよ、不滅(ふめつ)の信(しん)の小壷(こつぼ)。
さばこの地(ち)に照(て)る日光(ひかり)は氷(こほ)るとても
高歓(かうくわん)久遠(くをん)の座(ざ)にこそ導(みちび)かるれ。
               (癸卯十一月上旬)
  〔現代語訳〕
あの空に溢れる光の深い所に、魂の
白羽の鵠船で静かに、その青渦へと
夢という櫂で、深く漕ぎ入りたいのです。│
そうすれば、鳴り響く高潮の音が漂って、
音楽[雅楽]の音が漂う高殿[素晴らしい御殿]の靄の白い布を
透き通って浮き上がる面影、(百合姫だ)
天上界の花の生きている[ような]襞が、さやさやとあけぼの色に染まる、
永遠の歓喜の世界はここであると和らぐ愛の瞳よ。
 
運命でしょうか、寂しい児がこの世に生き残っていることは、しかし、夜々の
夢の中の神秘的な力に、今は知るのです、哀しき世の
終りは霊の光の無限の生の門出なのだと。
瑠璃水で満たしなさい、不滅の信の小壺を。
そうすればこの地に照る日光が氷っても
天界へと導かれるでしょう。
      〔明治三十六(一九〇三)年十一月上旬〕

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