2010年 7月 21日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉186 伊藤幸子 「ネピアの海」

 形良き指持つ友が抜く瞬のネピアティシュワルツの調べ
                                 仲田良
 
  過日、岩手県歌人クラブ総会短歌大会の選者を仰せつかった。もとより非力ではあるが自分なりに調べてみておもしろい発見があった。どの会場でもそうだが、応募作品の作者名は伏せて、制限時間内に個々の短評をする。

  掲出の一首、私は音楽に疎いけどティシュワルツはあるまいと置き、「ネピア」について知りたいと思った。なにも商標なのだからそんなに深く考えなくてもと言われたりもしたのだが、ある方が電子機器で検索して下さった。

  今でこそ柔らかいティシュペーパーは生活必需品になっているが、日本初の箱入ティシュが発売されたのは昭和39年。そして46年、王子製紙がニュージーランドのネピアという町でパルプ事業に乗り出す。その商標が問題になり、やさしいこの町の名が登録された由。

  地図上では大小二つの島からなるニュージーランドの北島の東端にイースト岬があり、さらに南側のゆるやかな港に「ネーピア」の名が見える。おお、この湾で熱帯雨林を伐り出し、原木あるいはチップに砕いてはるか日本まで積み出していたというのか。オセアニアの広大な海域はかつて世界大戦の激戦区でもあった。

  戦後65年もたち、年々戦争体験を語る人も少なくなったが、「俘虜記」や「真空地帯」「人間の条件」等の作品から受けた衝撃、感動は今に鮮(あたら)しい。山崎豊子のベストセラー「不毛地帯」は元関東軍総司令部参謀、壹岐正が諸事情のなか請われて商社に入り、戦後日本の経済復興に挺身する姿が果敢に描かれる。製紙業界に於ても豊富な熱帯雨林を求めて、多くの企業が海外進出を企てた。

  うちの夫もそんな企業戦士のひとりだった。昭和48年夏、原木買付けの社命を受けて、マレーシアに長期出張。その前年あたり航空写真撮影の研修などもさせられて南方行きの準備は整っていたのだった。そして迎えたオイルショックと経済危機。歴史の歯車が軋んだ。

  今回、私にこの役がこなければ知ることもなかったネピア港。ティシュや生活用紙開発とネーミングの妙もうなずける。不意に、熱帯の原木のようにまっすぐに生きた夫を思い出して目頭が熱くなり、手元のティシュを引きよせた。

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