2010年 7月 25日 (日)

       

■ 〈早池峰の12カ月〉55 天気予報は西の空 丸山暁

     
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  久々に谷間の天空が晴れ渡り、そろそろ梅雨も明けるかな、という夕暮れ時、黒い雲と夕焼け雲が二つ浮かんでいた。黒い雲も夕日があたれば茜(あかね)雲、きっとあすはいい天気。

  この様子だと、からっと晴れるというわけにはいかないだろうが、まあまあの天気ではないか。あすの天気予測は、だいたいこの程度で問題ない。かえって、TVなどの降水確率、細かいエリア予報など当てにすると痛い目に遭うことがある。

  特にここ数年、長期予報は外れっぱなしで、週間予報すら当てにならない。ひどい時にはあすの天気でも信用できないことがある。

  わが家では、TVのニュースでやる気象予報士、例えばNHKの半井さんの細かい天気予報より、半井さんの背後の天気図や気圧配置と西の空を見ての僕の予報の方が信頼できる。

  多分、今の天気予報は、コンピューターにたくさんのデータを放り込んで、複雑に処理して出た結果を、気象予報士さんが多少色をつけて予報しているので、人間の五感は排除されているのではないか。あすの天気は西の空と空気感を読むのが一番でしょう。

  畑仕事などしていると、急に風が吹いてきて、さっと気温が下がったと感じたら、ザーと雨が降り出したり、雨が降っていても鳥が元気にさえずり出したら晴れてくる、てな具合に、けっこう身体感覚で天気予報ができるものである。

  以前、東京湾が見渡せる高層ビルの16階のオフィスで仕事していたとき、建築現場に出て土工さん(何でも屋的作業員)たちと話していて感じたことがある。

  彼らの多くは農家の出稼ぎ(僕の担当した現場は九州からの出稼ぎが多かった)で、穴を掘り、土を動かし、ちょっとした機械を操縦し、大工仕事をこなし、鉄筋を組んで、コンクリートを打ち、設備の仕事もこなす。

  ある意味、建物の物理的な基本構造は、どんな超高層ビルでも彼らの手で作られているのである。もちろん、その前に設計図はあり、指示するものはいるが。

  しかも彼らは国に帰れば自然と共に生き、季節を読んで作物を作る百姓となる。すなわち彼らは生きることの基本的能力を兼ね備えているのである。

  それに比して、オフィスで頭ばっかり使って仕事する人間は、生きる能力に欠け、どこか身体的な欠陥人間ではないか。そんな気がしてきたのが37、8歳のころ。だんだん全身全霊、身体を駆使する暮らし、すなわち田舎暮らしへの気持ちが動いていった。

  僕は今、田舎で暮らし、彼らも百姓で食えれば田舎で家族と暮らしたいと言っていたのだが。
(丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

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