盛岡タイムス Web News 2010年 10月 7日 (木)       

■ 〈音読・現代語訳『あこがれ』石川啄木〉25 望月善次 暮鐘(ぼしょう)

 前に置かれた「暁鐘」、後ろの置かれた「夜の鐘」と並んでの「鐘三部作」。「暮れの鐘」は、物事の始めに鳴った鐘であり、我が魂の理想でもある「無生」に乗って欲しいものでもあったのである。
 
聖徒(せいと)の名(な)を彫(ゑ)る伽藍(がらん)の壁(かべ)に泌(し)みて
『永遠(とは)なる都(みやこ)』の滅亡(ほろび)を宣(の)りし夕(ゆうべ)、
はたかの法輪(はふりん)無碍(むがい)の声(こえ)をあげて
夢(ゆめ)呼(よ)ぶ宝樹(ほうじゅ)の林園(りんゑん)揺(ゆ)れる時(とき)よ、
何(なん)らの音(おと)をか天部(てんぶ)の楽(がく)に添(そ)へて、
暮鐘(ぼしょう)よ、ああ汝(なれ)、却初(ごふしよ)の穹(そら)に鳴(な)れる。
天風(てんぷう)二万里(にまんり)地(ち)を吹(ふ)き絶(た)えぬ如(ごと)く、
成壊(じやうゑ)の八千年(やちとせ)今(いま)猶(なお)ひびきやまず。
 
入(い)る日(ひ)を送(おく)りて、夜(よ)の息(いき)さそひ出(い)でて、
栄光(えいくわう)聖智(せうち)を無間(むげん)に葬(はふむ)り来(き)て、
青史(せいし)の進(すす)みと、有情(うじやう)の人(ひと)の前(まえ)に
永劫(えいごふ)友(とも)なる『秘密(ひみつ)』よ、ああ今(いま)はた、
詩歌(しいか)の愁(うれ)ひに素甕(すがめ)の澱(をり)と沈(しず)み
夢(ゆめ)濃(こ)きわが魂(たま)『無生(むせい)』に乗(の)せて走(はし)れ。
                 (甲辰三月十七日)
 
  「暮鐘」〔現代語訳〕
 
代々の高僧達の名を彫んだ伽藍の壁に(寺院の世界に)浸り
『永遠の都』の滅亡を告げた夕べに、
或いは、あの法の力は限りがないという声を挙げて
夢を誘う(極楽の七重の)あの「宝樹」の林がゆれる時よ、
(法に通じる)何らかの音でしょうか。天部の音楽に添へて、
暮の鐘よ、ああお前は、物事の始めの空に鳴ったのです。
天の風は、二万里の地を吹いても、それで絶えるということはないというように、
成就と破壊(盛衰)の八千年を潜り、今、猶、響くことを止めないのです。
 
(夕暮れの山に)入る日を送って、夜の息を、誘い出し、
栄光や聖なる智恵を絶えることなく葬って来て、
歴史の進展と、物思うこと多い人間の前に
永遠の友である『秘密』(だといってよい鐘)よ、ああ、今こそ、
詩歌の愁いと共に、素甕の沈殿物となって沈み
夢も濃い、わが魂を(万物の理想形である、あの)『無生』に乗せて走って欲しいものです。
                 (明治三十七年三月十七日)

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