盛岡タイムス Web News 2010年 10月 10日 (日)       

■ 〈音読・現代語訳『あこがれ』石川啄木〉26 望月善次 夜の鐘(かね)

 「暁鐘」、「暮鐘」の続いての「鐘」三部作。若き心は、懸命に天の心を思うのだが、探りかね、現世の罪に涙すると、鐘の尊い響きに自然と頭が下がるのである。
 
鐘(かね)鳴(な)る、鐘(かね)鳴(な)る、たとへば灘(なだ)の潮(しほ)の
雷音(らいおん)落(お)ちては新(あら)たに高(たか)む如(ごと)く、
(荘厳《おごそか》なるかな、『秘密《ひみつ》』の清《きよ》き矜《ほこ》り、)
雲路(うんろ)にみなぎり、地心(ちしん)の暗(やみ)にどよみ、
月影(つきかげ)朧(おぼ)ろに、霧衣(きりぎぬ)白銀(しろがね)なし、
大夢(おほゆめ)罩(こ)めたる世界(せかい)に漂(ただよ)ひ来(き)て、
昼(ひる)なく、夜(よる)なく、過(す)ぎても猶(なお)過(す)ぎざる
劫遠(ごふをん)法土(はふど)の暗示(さとし)を宣(の)りて渡(わた)る。
 
影(かげ)なき光(ひかり)に無終(むしう)の路(みち)をひらく
『秘密(ひみつ)』の叫(さけ)びよ、満林(まんりん)夢(ゆめ)にそよぐ
葉末(はずへ)の余響(なごり)よ、ああ鐘(かね)、天(てん)の声(こえ)よ。
ともしび照(て)らさぬ空廊(くうろう)夜半(よは)の窓(まど)に
天意(てんい)にまどひて、現世(このよ)の罪(つみ)を泣(な)けば、
たふとき汝(な)が音(ね)におのづと頭(こうべ)下(くだ)る。
                (甲辰《こうしん》三月十七日夜)
 
  「夜の鐘」〔現代語訳〕
 
鐘が鳴る、鐘が鳴る。その音は喩えてみれば灘の潮が
雷の音が落ちると、一層高くなるように、
(ああ、本当に荘厳の気に満ちているのですねぇ、この『秘密』ともいうべき鐘の清き矜りは、)
(上は)雲の路に溢れ、(下は)地面の中心の闇に響き渡っています、
月の光も朧ろで、霧の衣は、白銀をなし、
大きな夢をこめた世界に漂って来て、
昼となく、夜となく、(時間が)過ぎても、まるで過ぎないように
遠い遠い、法土の教えを告げるように響き渡るのです。
 
影もない光に、終わることのない路を拓く
(鐘の)『秘密』ともいうべき叫びよ、(その響きは)林一杯の夢にそよそよと音を立てているのです。
ああ、葉末にもある名残の響きよ、ああ鐘よ、天の声よ。
灯りも照らさない人影もない廊下の夜半の窓に
天意を測りかねて、現世の罪を泣くと、
尊い、お前の音(鐘の音)に、自然と頭が下るのです。
                 (明治三十七年三月十七日夜)

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