盛岡タイムス Web News 2010年 10月 15日 (金)

       

■ 〈肴町の天才俳人〜春又春の日記〉15 古水一雄 日記第七筆談録

 “通巻六冊”“筆談コレ吾ガ輩の生命ナリ”と添書されたこの日記は、明治38年7月1日から8日の8日間のものである。裏表紙には“写生ヲ忘スルヽナカレ実験ヲハナレテ論ズル勿(ナカ)レ古柵里人”と書かれている。最初のページには「臣紅東年二十一、長五尺五寸/目若懸殊、歯若金銀貝/徳若仁斉、学若徂徠、才若蕃山/歌若人磨赤人、句蕪村子規若可以為日本詩人矣/臣紅東昧死再拝以聞/呵々/御亭主々々々」と書かれている。
  身長183aはかなりの長身である。目は離れ、入れ歯だらけである。歌は人磨や赤人に及ばず、句は蕪村や子規に及ばないなどとしている。日記本文は、ちょっとした教育論を述べ、猫を主人公にした小説風の文をつづり、東風や楓岡らとの交友を記したりしている。
  7月3日の日記に突然西行法師の山家集(選)の筆写が始まる。
 
    山家集選を写す、四十四首有、
 
  なぜ西行の歌集に興味をもったのであろうか。
  これまでの日記には西行についてふれた記述は全くなかった。念のためこれまでの日記に最初からあたってみた。西行の名前が最初に日記に現れるのは「第六(その一)」6月25日の中である。
     (6月25日)
  「山家集」ヨム、ヨキ句モ有リ、一概ニ
  ケナシモサレナイ、物ハ何デモ人ノ噂バ
  カリ当テニシテハ居ラレナイ、
 
  実は、岩手日報に掲載された啄木の「閑天地」を読み返すと「我が四畳半」(三)の中に次のような記述が見える。。
 
   報恩寺(ほうおんじ)に住持たりし偉
  運(いうん)僧正が浄書したりと云ふ西
  行法師の山家集(やまがしゅう)、これ
  は我が財産中、おのれの詩稿と共に可成
  (なるべく)盗まれたくなしと思ふ者
  (ママ)なり
 
  と、「山家集」を非常に大切にしてきたものである。この一文が掲載されたのは6月23日である。春又春はおそらくこの一文に触発されて「山家集」を読み始めたものであろう。春又春にしても西行が全く無関心な存在ではなく友人たちの中では話題になっていたと思われる。しかし万葉の歌人ほどに強い関心を引く存在ではなかったのだ。
 
  また、6月28日には、
 
  「山家集」ヨム、佳句ニアヒガテヌカモ
 
  としたため、7月3日には44首の選録を終えて以下の感想を記している。
 
  右四十四首を選ミタレド會(会)心ノ句
  ハ西行ヨリ寂然(じゃくぜん)ノ大原三首
  ナリ他ハ駄歌ノ陳列余は何故ニ西行ヲ歌
  人トスルカヲ笑フテ問ハン呵々
 
  要するに、春又春は西行の歌に大きな価値を見いだすことがなかったのである。裏返せば、我が詩稿と同様に大切にしている偉運僧正の浄書による「山家集」などそんなに価値があるのかという啄木に対する反発の言辞ととらえてもいいのだろう。もっとも啄木にすれば偉運僧正が浄書したところに価値を見いだしていたかもしれない。
 
  「山家集」の筆写に引き続き「鎌倉右大臣家集(選)」の選録が続いている。鎌倉右大臣とは、鎌倉幕府第三代将軍源実朝のことである。“その一”では37首を、翌日4日の“その二”では29首を筆写している。
  7月5日には「金塊集」からとして“その三”の筆写を続けている。“その三”は21首。
  7日には“その四”として「一本及び印本所載歌」から40首を筆写している。
  なぜ、春又春が実朝の歌を選録したのかについては日記のなかには書かれていない。また、筆写後の感想も書かれていない。しかし、西行の歌に比べて筆写の数も回数も実朝の歌の方が多くなっているのは、それだけ実朝の歌への共感が深かったからである。当然、実朝が万葉集に親しみ万葉調の歌を読んでいたことも知っていただろう。
  ただ、春又春が「金塊和歌集(建暦三年本)」の663首中から選録した85首をみると、萬葉調25首・古今調15首・新古今調23首・その他24首となっていて必ずしも万葉調の歌を選んでいるわけではない。(歌調の分類は、樋口芳磨呂著の新潮日本古典集成「金塊和歌集」の頭注によったものである。)
  これは春又春が必ずしも万葉調にこだわっているわけではなく、幅広く歌調を味わっていることを示しているからである。そして、当時の中央歌壇(京都)とはほとんど無縁でありながら優れた歌を詠じた実朝に我が身を映していたのかもしれないと思うのである。
     ◇    ◇
  【参考図書】
▽後藤重郎校注「新潮日本古典集成・山家集」(新潮社刊)▽樋口芳磨呂校注「新潮日本古典集成・金塊和歌集」(新潮社刊)▽吉本隆明著「日本詩人選・源実朝」(筑摩書房刊)


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