盛岡タイムス Web News 2010年 10月 16日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉182 岡澤敏男 烏の少佐の反戦・平和論

 ■烏の少佐の反戦・平和論

  さきに童話「烏の北斗七星」はワシントン会議での「海軍軍縮」議定に想を得たと指摘したが、それは海軍艦艇の数量的縮減のことではなく、「海軍軍縮」の底流にある第1次世界大戦後の反戦・平和思想に関心を向けたことです。

  山烏との交戦に勝利し少佐に昇進した烏の義勇艦隊長が七つのマヂエルの星を仰ぎ「あゝ、マヂエル様、どうか憎むことのできない敵を殺さないでいゝやうに早くこの世界がなりますやうに、そのためならば、わたしのからだなどは何べん引き裂かれてもかまひません」と祈る場面を、賢治はクライマックスシーンに織り込みました。これこそが「海軍軍縮」から想を得た真のモチーフかと思われます。

  この反戦・平和論についてすでに「賢治の置手紙」(97)でとりあげ、23歳で戦死した戦没学生佐々木八郎氏(昭・20・4沖縄海上にて)の賛美論と小沢俊郎氏の批判論(「賢治の社会批判二」『四次元』昭・29・5)を紹介したが、人工透析者の立場から独自の見解を持つ著書に出会ったので取り上げてみます。

  それは「烏の北斗七星」考│受容する〓愛国〓」(2007・7、未知谷刊)の著者、澤井繁男氏の反戦・平和論です。澤井氏は『きけわだつみのこえ』収録の佐々木八郎の手記を通じて、「烏の北斗七星」の反戦・平和の思想に同調する佐々木青年の思考を逐一読解しながら、人工透析者としての自身を重ね合わせて考察しているのです。

  佐々木青年は「偶然おかれたこの日本の土地、この父母そして、今までに受けてきた学問と、鍛えあげた体とを、一人の学生として、それらの事情を運命として担う人間として職務をつくしたい…おたがいに生まれ持った運命を背に担いつ…力いっぱい働き、力いっぱい戦おうではないか」と狭いショービニズム(愛国心)を離れ「からっとした愛国心」を披瀝しているのです。

  澤井氏は「賢治のヒューマニスティックなものの見方が、愛国へとそっくり姿を変えた形となって青年の心に映し出されている」と感動したが「こうした愛国心に理不尽を覚えないだろうか」「ほんとうにこういう気持になれるのか」と問い質す思いがします。

  すると「身体障害者の身となった経験からして、これは可能である」「自分で自分の肉体や運命をどうすることもできなくなったとき、ある諦念が訪れてこうした気持になるものだ。佐々木青年は戦争という理不尽に立ち向かって、すべてを明らかに理性的に捉えているのである」と自答したのです。

  また「自分の中では理性的に決着つけているので、人工透析者であることを負に思ったり悲観したりしたことはない」。だから佐々木青年も「他人が思うほど悲壮感もないし、本人も感じていないのではないか」と推察する。

  佐々木青年の愛国心には「忠君愛国とかお国のため」という言葉はなく「愛国というものをきわめて醒めた視線で捉え」「軍国主義や全体主義に染まらないリベラルな感情を堅持しているのが魅力的」という。「憎まなくてもいいものを憎みたくない」という感情については自身に置き換え「身体障害者になった肉体を憎むわけにいかないことに重なり、しょせん自分のからだであるし、自分だけがなぜ?という心理段階などは〈烏の北斗七星〉を読めば霧散してしまい、自己愛が芽生えてくる。

  それは愛国心とも似たようなものだと思う」と自答しているのです。

 ■戦没学生佐々木七郎の手記(抜粋)

  宮澤賢治はその生立ち、性格から、その身につけた風格から、僕の最も敬愛し、思慕する詩人の一人であるが、僕の思想、言葉をかへて言えば彼の全作品の底に流れてゐる一貫したもの、それが又僕の心を強く打たないでおかないのだ。『世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。』といふ句に集約的表現される彼の理想、正しく、清く、健やかなもの‖人間の人間としての美しさへの愛、とても一口には言いつくせない、深味のある、東洋的の香りの高い、しかも暖か味のこもつたその思想、それが、いつか僕自身の中に育まれて来てゐた人間や社会についての理論にびつたりあふのである。そして右に写した〓烏の北斗七星〓といふ童話の中に描き出された彼の戦争観が、そのままに僕の現在の気持を現してゐるといへる様な気がするので、ここにその全文を書き写した次第なのである。(以下省略)


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