盛岡タイムス Web News 2010年 10月 17日 (日)

       

■ 〈音読・現代語訳『あこがれ』石川啄木〉28 望月善次 黄金幻想

 五月の緑は、匂い立つ霊界の入口。この五月の野の中に、若々しい瞳をもつあなたと立つ私達二人。これは、「黄金幻境」と呼ぶ以外の何物でもありません。
 
生命(いのち)の源(みなもと)封(ふう)じて天(あめ)の緑(みどり)
光(ひかり)と燃(も)え立(た)つ匂(にお)ひの霊(れい)の門(と)かも。│
霊(れい)の門(と)、げにそよ、ああこの若睛眸(わかまなざし)、
強(つよ)き火(ひ)、生火(いくひ)に威力(ちから)の倦弛(ゆるみ)織(を)りて
八千網(やちあみ)彩影(あやかげ)我(われ)をば捲(ま)きしめたる。│
立(た)てるは愛(あい)の野(の)、二人(ふたり)の野(の)にしあれば、
汝(な)が瞳(め)を仰(あふ)ぎて、身(み)は唯(たゞ)言葉(ことば)もなく、
遍照(へんじやう)光裡(くわうり)の焔(ほのお)の夢(ゆめ)に酔(ゑ)ひぬ。
 
見(み)よ今(いま)、世(よ)の影(かげ)慈光(じくわう)の雲(くも)を帯(お)びて
輾(まろが)り音(おと)なく熱野(ねつや)の涯(はて)を走(わし)る。
わしりぬ、環(めぐ)りぬ、ああさて極(きわ)まりなき
黄金幻境(わうごんげんきやう)!かくこそ生(せい)の夢(ゆめ)の
久遠(くをん)の瞬(またゝ)き進(すす)みて、二人(ふたり)すでに
匂(にお)ひの天(あめ)にと昇華(しやうげ)の翼(つばさ)振(ふ)るよ。
  (甲辰《きのえたつ》五月六日)

 
  「黄金幻境」〔現代語訳〕
 
「生命の源」を封じこめて、この天の緑は
光のように燃え立つ、匂いの霊の入口なのです。│
霊の入口、本当に、ああ、あなたの若々しい眼差しは、
強い火であり、生命の籠もる火で、力を緩やかに織って
数知れぬ網、彩られた影のように、私を巻締めているのです。│
私達が立っているのは「愛の野」です、(この野は)正に「二人の野」なのですから、
(私は)あなたの瞳を仰いで、唯言葉もなく、
この世を遍く照らす光の中、その焔の夢に酔っているのです。
 
ご覧なさい、今、世界の影は、慈しみに溢れる光の雲を身につけ
転がり、音もなく、熱い思いの、この野の涯を走るのです。
走ったのです、廻ったのです。ああ、本当に極まりない
「黄金幻境」なのです!このようにして、生命の夢の
永遠の瞬きは進み、私達二人は既に
匂い天に向かって、(一段と高次の昇る)「昇華」の翼を振るのです。
  (明治三十七年五月六日)


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