盛岡タイムス Web News 2010年 10月 17日 (日)

       

■ 〈早池峰の12カ月〉66 丸山暁 赤い命の花

     
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  今年のわが楽園は、猛暑や嵐やで、うまく育ったものと、だめな物との差が激しいようだ。これはわが家だけではなく、世間でも野菜が高値になってきたのでうなずける。

  そんな中、一段と鮮やかに咲き誇ったのが鶏頭(けいとう)の花である。鶏頭はご存知のように立ち上がった先端に真っ赤な正に鶏のとさかのような花をつけるのだが、この鶏頭は天を付くように大きくなった。

  この鶏頭の花は、この場所に植えたのではなく、何年か前にどこかに植えたものが、いつの間にかこぼれ種子となり、何年かかかってこの場で今年大きく育った。そこに命の強さを感じた次第。

  そんな鶏頭の花を見ていて、今読みつつある本から、命、命の重さ、命とは誰のものか、ということを考えてしまった。

  その本の一文を紹介しておこう。ある程度の年配の方々にはすぐ分ると思うのだが、若い方々は最近この本を読むのか読まないのか?

  「真の平和を言うなら武力の戦いが終わっても資源戦、経済戦など結局人類は滅亡まで、平和は到来しないのだろう」松岡欣平、昭和20年ビルマにて戦死、(『きけわだつみのこえ』岩波文庫より)。

  65年前国家により未来も夢もすべてを断ち切られ、学徒出陣で戦場に散った若者の最後の叫びである。

  核廃絶プラハ宣言でノーベル平和賞をもらったオバマ大統領は、次の選挙が危ないので、雇用対策として湾岸地区に10兆円規模の武器輸出を決定した。これで数万人のアメリカ人が仕事にありつけるという。

  これが今の戦争である。自らは戦わず(アフガンはあるが)戦争を経済と考えている。

  尖閣諸島ではご存知のように日中の鍔(つば)迫り合い(舟と舟のぶつけっこ、中国がぶつけてきたのだが)も始まった。北朝鮮問題はおいておこう。

  まさに65年前、国家の野望、世界戦略に飲み込まれて死んでいった学徒出陣の若者の遺書は現代への予言となった。

  早池峰の12カ月、さわやかな秋、もう少し明るい、楽しい話題を書きたかったのだが、僕の心が秋なのか?秋とはそんな秋もある。

  (丸山暁建築・空間工房、大迫・外川目在住)

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