盛岡タイムス Web News 2010年 10月 24日 (日)

       

■ 〈介護士日記〉11 畠山貞子 ペットが怖い

 介護に入って困ることがある。それは介護先で飼っている猫である。この歳になると、自分も人間をしているから人のことは大抵、見当をつけられるようになった。ところが動物はそういう訳にはいかない。私にとっては得体の知れないもの。自然と身を固くしてしまう。

  子どものときはそうではなかった。家ではニワトリや豚を飼い、近所の猫が自由に軒端(のきば)を歩いていた。犬も吠えない限り、怖くはなかった。でも、あるとき、七輪(しちりん)で焼いていた魚を猫が狙っていた。それを追いかけて私も階段を駆け上がった。
  すると、いつもは開いている窓が閉まっていて、逃げ切れないと思ったのだろう。きびすを返してキッと私をにらみつけ、飛びかかってきた。「怖い!」と目をつむった瞬間、猫は私の頭を越え、ものすごいスピードで階段を下りて戸口から出ていった。「窮鼠(きゅうそ)猫を噛(か)む」というが、この場合、鼠(ねずみ)が猫で猫が私である。ともあれ、子どもから大人になり今に至るまで、いろいろな経験を経て、怖いものが変わっているのかも知れない。

  さて、その猫と共に日中は一人で過ごしているGさん。奥様に先だたれ、半身不随で言語障害の残る身。だが泰然自若(たいぜんじじゃく)として介護士の助けを借り、愚痴(ぐち)もこぼさずに淡々と暮らしている。ダンディーな彼は洗面、整容、足浴にも協力的。最初のころのことである。洗面の支度、手順を教わった通りやるのに必死だった私はお湯の温度にまで気が回らなかった。お湯を張った洗面器に手を入れたGさんが「熱い!」と思わず手を引っ込めた。
  指導に入っていた先輩が、それを見て激(げき)を飛ばした。私はあわてて水を足したが、「顔を洗うのがそんなに熱かったらだめでしょ!自分が手を入れてみたらわかるでしょ!」ときびしい。
  ひょいとGさんの顔を見たら、泣いたように目がうるんで目やにがポロッと出ている。「ああ、おじいちゃんは私が怒られている!と思って可哀想(かわいそう)で涙を流したんだ…」そう思った途端、たまらず「ごめんね…Gさん」 と泣いてしまった。
  言葉は満足に言えなくとも、ちゃんと見ていてくれている。それ以来、肩の力を抜いて介護に当たれるようになった。飼われている猫が衣類箱にのさばって座り込みしていたときは、Gさんに「○○!」と名を呼ぶよう頼み、去ってもらった。

  (紫波町)

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします