盛岡タイムス Web News 2010年 11月 6日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉185 岡澤敏男 中将森山のナゾ

 ■中将森山のナゾ

  前述したように中将森山の山名は、明治44年測図の「五万分の一」の地形図に表記はないが、同じ明治44年測図で大正5年製版による「二万五千分の一」地形図(「厨川村」)には挿入されているのです。

  この山は『滝沢村誌』にある旧篠木村四地割字中村の字地内に所在するとみられる。また『村誌』には中村に連記して中将の名を記載しているが、『岩手県管轄地誌』の篠木村の字地には中村のみで中将の地名は記載されていない。たぶん中将とは中村の通称名で中将森山から転じたものと思われます。

  しかしこんな山里の篠木村の山に、なぜ中将森山などと高貴な名がつけられたのか。このナゾめいた山名に、賢治の好奇心もそそられたのでしょう。いったい中将森山の語源とは何か。

  元来「中将」という語意は古くは奈良・平安以降の近衛府の副長官を表す官位でした。そして明治以降には軍隊の階級の一つとなって、軍隊を指揮・統率する大将に次ぐ重要なポストとして流布されてきました。

  これら古代と現代に共通するのは、ともに国家権力を護衛する最高武官という意味なので、山名に冠された「中将」にもその語意が底通しているのかも知れません。

  しかし滝沢村の近代史に中将に該当する人物は居らず、もっと古い歴史上の人物に冠された尊称だったと思われます。その一人として思い当たるのは、今から450年も前の1570年代(室町時代)に滝沢村に『越前堰』という用水路を私財を投じて開削し通水させた綾織越前広信という武将のことです。

  試みに前記の字地「中村」(通称中将)の東方に目を移すと、「綾織」という字地の存在に気づきます。この「綾織」の位置を地形図の上に照合してみると、その場所に「清雲院」という寺社が所在するのです。この「清雲院」の前に越前広信が住んでいたと『滝沢村誌』にあり、「綾織」という地名は広信が住んでいたことから名付けられたと伝えられています。

  通史に書かれた広信のプロフィールにはどこか「貴種流離譚」のおもむきがある。中世の覇権が鎌倉幕府(北条氏)から室町幕府(足利氏)に移り、北条氏が支配する奥羽地方の保(荘園)は足利氏の支配下に移行したとき、遠野郷の地頭に関東(下野国)御家人阿曾沼広綱が任命された。

  綾織広信(1541〜1613)の父阿曾沼広行は広綱の一族で、遠野の綾織村に領地が与えられ谷地館を居館とし綾織氏を名乗っていたのです。広信は綾織越前と号して文武に励み、とくに土木的才覚には秀でた御曹司だった。

  広信は元亀3年(1572年)30歳のときに志和御所(紫波町)の斯波詮高に加勢し軍師として南部氏との飯岡合戦に参戦、天正2年(1574年)には雫石を支配する詮貞(詮高二男)の下に寄寓し、さきに南部方の攻略で焼失した雫石城を新築にたずさわった。

  広信の設計により堀の水を岩手山麓(西山村)より雫石城に極秘に地下を樋で取り入れたという。築城が終わり広信は滝沢篠木村の清雲院門前に居を移し農業の傍ら手習いの師匠をしていたが、水があれば篠木、土淵、大釜あたりの原野を田や畑にできるという農民の声を耳にし、白馬に乗り岩手山麓を跋渉して水源を探しつづけ、ついに岩手山中の持籠森(モッコ森)に水源を見つけた。

  広信は七つ森の見立て森に登って地形を観察し、土地の高低、けわしさ、沢の曲がり具合などを調査して土木設計にとりかかったのです。

 ■「越前堰の流れ」(『滝沢の今昔』抜粋)

     下斗米昭一著「たきざわの今・昔」より

  越前堰のはじまりは岩手山中の持籠森(もっこ森)から流れ出る白川沢上流や鞍掛山麓のグンダリ沢上流から発している。白川沢や隣の妻の神沢、栓木沢、グンダリ沢、ガンドウ沢などの細渓流をつなぎ合せて黒沢川となって流れ越前堰に分流している。

  沢と沢をつなぐためには堰を掘った。一つの沢からその沢の水を全部引くのではなく少しずつ水を取入れ、残りは雫石の方へ自然の流れとして流してやった。小岩井農場を通った越前堰はやがて、みどり団地の分水路へと流れて来て用水は越前堰に、余分な水は仁沢瀬川に落とされ雫石川に流れて行く。越前堰の水は大釜、篠木、大沢地区へと流れて行く。

  越前堰の西堰とも言われる尾入堰は、丸谷地でその附近の水を合せて雫石町の七つ森の東麓を通って尾入れに流れる。大釜、篠木、大沢方面に向う越前堰は東堰、根堰、上堰と呼ばれ、丸谷地で尾入れ堰と分かれ逢の沢、巡の沢、苧桶沢の水を合せ仁沢瀬から篠木山の裾を巡って流れ大釜、篠木、大沢、鵜飼、土淵等の田圃ら水を潤して流れて行く。

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