盛岡タイムス Web News 2010年 11月 10日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉202 伊藤幸子 ムシカの日

 〈無鹿〉とは音楽の謂(いひ)町の名に選りて理想郷夢見し宗麟
                             宮添忠三
 
  短歌の全国誌を読んでいると、さまざまな発見、教えられることが多い。大分県の作者のこの歌に接したとき、私はエッ、ムシカってナニ?と驚き、すぐ音楽の大学に、また博学の文人に、さらに九州の歌人に教えを乞うた。

  「ムシカ?ああMUSICAね。ドイツ語で、その歌の通り音楽、ミュージックの意味ですよ」と、すぐピアノの月刊誌「ムシカノーヴァ」旧号を下さったH先生。同日頂いたピアノ音楽誌「ショパン」旧号にはピアニスト水上裕子さんと作家村田喜代子さんの対談が載っている。お二人とも九州ご出身。平成13年「人が見たら蛙に化(な)れ」ですっかり村田ファンになった私は、この小説の裏に隠されたテーマのひとつがサリエリと知って驚いた。モーツァルトに対する称賛と嫉妬の感情にさいなまれるサリエリの葛藤が村田作品の陶器や骨董の目利きに通ずるものがあるという。目利きだが自分では造れない苦悩がサリエリと同じとの述懐に、芸術の悲壮性を見る思いがする。

  さて、「宗麟」とは大友宗麟のこと。戦国時代の武将で天正5年、島津勢との対戦に宮崎県延岡市郊外の「無鹿」に本営を設けた。やがて豊臣秀吉の九州征伐へと歴史は動いてゆくのだが、宗麟は妻と共にキリスト教を信仰し、キリシタン大名と呼ばれるようになる。

  そんな壮大な歴史を辿って眺めれば、無鹿の地に即、音楽-と反応し、理想郷を夢見た大名の洗練、高邁な精神文化につくづく感嘆する。この地名について、今しがた宮崎市の歌人に電話で聞いてみた。「嬉しいねえ、岩手の地からお声が聞けて。ええ、無鹿、今も延岡の字名に残っていますよ。ぜひ来てみて下さい」と弾むお声。氏はツマベニ蝶の研究者として著名な海老原秀夫さん。今月23日の祝日に満94歳を迎えられる現役実力歌人である。

  そして、ムシカの本を下さった音楽の大家林芳輝先生は、このほどわが八幡平市の市民歌を作曲なさって11月3日、披露演奏会が盛大に行われた。氏の江戸川乱歩賞候補作「ショパンの告発」に実名で登場する白井眞一郎先生は、八幡平温泉郷に昨年オープンした「藤田晴子記念館」の館長さん。東京芸大では林先生の先輩でいらして、今回、ともにムシカの大家の謦咳(けいがい)に接し感動の一日だった。


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