盛岡タイムス Web News 2010年 11月 14日 (日)

       

■ 〈音読・現代語訳『あこがれ』石川啄木〉32 望月善次 ひとりゆかむ

日はくれぬ。
(愁《うれ》ひのいのち)
幻想(おもひ)の森に、いざや
ひとりゆかむ。
万有(ものみな)音をひそめて、
(ああ我がいのち)おもひでの
妙楽(めうがく)の夜あまき森。
(夜のおもひ
   いのちのおもひ)
 
恋成りぬ。
(夢見のいのち)
忘(われ)我(か)の森に、いざや
ひとりゆかむ。
花瞿粟(はなげし)にほひゆるみて、
(ああ我がいのち)つく息(いき)の
みどりうす靄ゆらぐ森。
    (夜のにほひ
      恋のにほひ)
 
恋破(や)れぬ。
(なげきのいのち)
祈(いの)りの森に、いざや
ひとり行かむ。
面影(おもかげ)、いのるまにまに
(ああ我がいのち)天(あめ)の生(せい)
あらたに馨(かほ)る愛の森。
   (夜のいのり
     いのちのいのり)
 
月照りぬ。
(あでなるいのち)
幻想(おもひ)の森に、いざや
ひとりゆかむ。
ほのぼの、月の光に
(ああ我がいのち故郷《ふるさと》の
黄金(こがね)花岸(はなぎし)うかぶ森。
   (夜のいのち
     ああ我がいのち)
  (甲辰五月十七日)

 
  ■ひとりゆかむ〔現代語訳〕
 
日が暮れました。
(「愁い」が命の私なのです。)
(夜が招く)幻想の森に、さあ
一人で行こうと思います。
この世の全てのものは、音を潜めて、
(ああ、私の命である)思い出の
妙なる音楽が響く夜の甘き森よ。
(夜の思いは
   私の命ともする思いなのです。)
 
恋は成し遂げられたのです。
(夢を見たことの命よ)
我を忘れる森に、さあ
一人で行こうと思います。
花瞿粟の匂いは緩み、
(ああ、私の命である)吐息の
緑に薄い靄が揺らぐ森よ。
    (この森は、夜の匂いであり
      恋の匂いなのです。)
 
恋は破れてしまいました。
(今や嘆きこそが私の命なのです。)
祈りの森に、さあ
一人で行こうと思います。
あの人の面影が、祈りと祈りとの間に従って浮かびます。
(ああ、私の命である)天の生命よ
新しく香る愛の森よ。
   (夜の祈りは
     命の祈りなのです。)
 
月は照っています。
(あでやかな命よ)
幻想の森に、さあ
一人で行こうと思います。
ほのぼのと、月の光に
(ああ、私の命の故郷の
黄金の花がある岸辺に浮かぶ森よ。)
   (夜の命は
     ああ、私の命なのです。)
  (明治三十七年五月十七日)


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