盛岡タイムス Web News 2010年 11月 18日 (木)

       

■ 〈音読・現代語訳『あこがれ』石川啄木〉33 望月善次 花守の歌

 花の番人の私が守っているのは、孤独な詩歌の園で、ここでの花は俗世間の花とは異なり、この園では、私こそが王なのです。
 
夜はあけぬ。
生の迎(むか)ひに
心の住家(すみか)、園の
門(かど)を明(あ)けむ。
光よ、花に培(つち)かへ。
夢より夢の關(せき)据(す)ゑて、
孤境(こきやう)の園(その)に花を守(も)る。
 
花咲くや、
愛の白百合、
愛はほのぼの、夢の
關(せき)に明(あ)けて、
霧吹く香盞(にほひさかづき)
我にそなへぬ、我が守る
幻、光、生(せい)の園。
 
はなやかに
黄金(こがね)よそほふ
姫の百人(もゝたり)、唇(くち)に
ほこり見せて、
ゆたかに門をよぎりぬ。│
それには似じな、わが胸の
あでなる夢に生(い)くる花。
 
日は闌(た)けぬ、
昼の沈黙(しづまり)。│
かかる日なりき、我は
ひとりゆきぬ、
新たに生(せい)や香ると。
守る孤境の園を出(で)て
黄金よそほふ市(いち)の宮。
 
いかめしき
門守(ともり)の姫ら、
我をこばみぬ、『園の
鍵(かぎ)を捨てよ。』
うつろの笑(ゑみ)や、宮居の
權力(ちから)うしろに、をどろきて
我はかへりき、わが園に。
 
つちかへば、
花はおのづと
天(あめ)にむかひぬ。これや
生(せい)の梯(はし)か。
ねむれば園は花樓(はなどの)、
靈の隱家(ゐんげ)よ。 我が守る
小さき園生に我ぞ王(わう)。
 
やはらぎの
愛歌(あいか)わたるや、
花の大波(おほなみ)、園に
しらべ掻(ゆ)りて、
天(あめ)なる夢の故郷(ふるさと)
匂ひ海原(うなばら)さながらに、
光と透(す)きぬ孤境園(ひとりぞの)。
 
日はくれぬ
夢の守りに
心の住家(すみか)、いざや
門をささむ。
夜なく日なき園には
夢より夢の關(せき)据(す)ゑて、
天路(あまぢ)ひらかむ鍵(かぎ)秘めぬ。
 
夜よ降(を)りて
ものみな包(つゝ)め。
わが守(も)る園の門(と)には
暗は許(ゆ)りず。
我が園、今か世界に
光をつくる源(みなもと)の
孤境の園に我ぞ王(わう)なれ。
           (甲辰五月十九日)
 
  ■花の番人の歌〔現代語訳〕
 
夜は明けました。
生命を迎えるために
心の住家である、園の
門を明けましょう。
光よ、花を長い時間をかけて育てなさい。
夢から夢への関門を設けて、
孤独の園に花を守るのです。
 
花が咲きますと、
愛の白百合は、
(愛はほのぼのと、夢の
関門に明けて、
霧が吹く香りの盃です)
私供えるのです、私が守る
幻や光に満ちる生命の園を。
 
華やかに
黄金を身に纏った
姫の百人は、唇に
その誇らしい様子を見せて、
豊かに門を過ぎて行きます。│
しかし、その姫達の様子には似ていないのです、私の胸の
華やかで美しい夢に生きている花は。
 
日は高くのぼりました、
昼の沈黙として。│
こんな日でした、(その日)私は
一人で行ったのです、
新しい生命が香るのだと。
(私が)守る孤独の園を出て
黄金で飾る町の宮殿に。
 
いかめしい
この門を守る姫達は、
私を拒んだのです、『園の
鍵を捨てなさい。』と
虚しい笑いや、宮殿の
権力を後ろにして、私は驚いて
帰って来たのです、私の園に。
 
育てると、
花は自然に
天に向かったのです。 これこそ
生命に至るハシゴでしょうか。
眠れば園は花殿で、
霊の隠れ家。私が守る
小さい庭園に、私こそ王なのです。
 
おだやかな
愛の歌が移って行くと、
花の大きな波は、園に
調べを揺らし、
天なる夢の故郷
匂いはまるで海原そのままに、
光も透き通ったのです、この孤独な園に。
 
日は暮れました
夢を守るために
心の住家は、さあ
門を閉めましょう。
夜もなく昼もなく、園には
夢から夢の関門を設けて、
天への路を開くだろう鍵を秘めているのです。
 
夜よ、降り来て
全てのものを包んでください。
私が守る園の門には
闇を許すことはできないのです。
私の園は、今、世界に
光を創造する源の
孤独の園で、そこでは、私こそが王なのです。
           (明治三十八年五月十九日)


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