盛岡タイムス Web News 2011年 1月 10日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉2 照井顕 本田竹彦の破壊と抒情

 1969年、ステレオメーカーのトリオがレコード制作も始め、岩手県宮古市出身のジャズピアニスト・本田竹彦のデビューアルバム「本田竹彦の魅力」を発売し、渡辺貞夫との共演!で、話題になった。その本田の本格デビュー盤ともいえる自己のトリオで録音した「ザ・トリオ」も豪華な見開きジャケットのLP盤だった。

  僕は当時22〜23歳。寸時も惜しんでいろんなレコードを夢中になって聴いていた時代であった。定時制高校を卒業と同時に始めたレコードコンサートも続けていた。さらにレコードが定価より安く買えるからと、片手間にレコード屋まがいの店を開き、その時「本田竹彦」(竹広)の音楽に出合ったのだった。

  それは運命的であったといまさらに思う。本田竹彦の「ザ・トリオ」というレコードの中に収められていた「破壊と抒情」は、それまで夢中になって聴いてきた音楽の全てが、その1曲の中に集約されていると感じてしまったのだから。

  その2年後位だったろうか、本田が故郷の宮古に帰ってきて、コンサートを開くと聞き及び、それこそホンダのNVで陸前高田から宮古小学校まで聴きに出掛けたのだった。その演奏のすごさたるや、ピアノの椅子には、まるでバネでも入っているかのような本田の大スイング。

  あれが、僕の最初のジャズライブ体験。打ち上げに残って色紙にサインをもらったら「With・My・Soul」そう、演奏は彼の魂そのものなのだった。

  そして念願の陸前高田での彼の初コンサートを市民会館ホールで開催したのは77年2月6日のこと。75年8月から開いた「ジャズ喫茶・ジョニー」に通う人たちのサークル「三陸・ジャズ・クラブ」が主催した第2回目の企画。メンバーは本田のピアノ。岡田勉(ベース)、守新治(ドラム)によるトリオ。

  本田というすごいピアニストは岩手出身。しかも僕をジャズに引き込んでなお、陸前高田で開いた音楽喫茶をジャズ喫茶へとかりたててくれた男であり、ジャズに携わる僕らにとっては偉大なスターピアニストだったのだ。
(開運橋のジョニー店主)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします