盛岡タイムス Web News 2011年 1月 14日 (金)

       

■ 〈学友たちの手紙〜胡堂の青春育んだ書簡群〉8 八重嶋勲夫 御及第遊ばされ万歳の至りに候

 ■原抱琴

  16 巻紙 明治32年2月9日付

宛 盛岡市四ツ家町猪川様方 野村長一様
発 東京芝公園 原 達

一度も御返事もあけなかった事中々に面恥しくて筆とる力も無之候、君が投稿をまってるなどゝ出られては、流石なまけものゝ私もいや応なしに机に向ひ筆とらねばならぬ次第に候、こゝのたよりも数多くまゐらせたく候へども、あすは博物とやらの日課点を取られると云ふにいまはまだちっとも、さらって無く、せめてと紙を出して筆をひねくり候へども、何となく気かのらず、只この頃作り候、俳句二つ三つ差上申候、もし興乗じなば明晩したゝめ申べく何れ出来たとも出来ぬとも御知らせ申すべく候へども、それも出来たとて二三枚なるべく、今度だけはこの位にて御堪辨被下度、いつれ来號よりは振って投書仕るべく候、一寸申上候、俳句とは存外面はきものに候、
君もウンとやられては如何、匆々
  二月八日夜九時半
                 抱琴生
   暁鐘さま

尚申上多度き事も有之候へ共今から大凡二時間半ばかりしかなきを心急き候まゝ失礼仕り候、何れ御約束の如く十一日まで御待被下度願上候、

  【解説】この年に、長一は、原抱琴の影響を受け俳句を始める。俳号菫村、菫舟等。原抱琴の指導を受けて岩動露子らと杜陵吟社を結成。その結社誌のために長一が原稿を依頼してしているものであろうか。或いは回覧雑誌『六〇五』第1巻のための原稿であろうか。原抱琴が多忙の中から、それに応えようとしているようすがうかがわれる。
 
  ■後藤清造

  17 はがき 明治32年3月20日付

宛 紫波郡彦部村 野村長一君
発 石鳥谷之 後藤清造

拝啓過日は失敬、真平御免被下度候、陳ば小生儀楽しき家郷ニあるも友とし遊ぶものたえてなき有様にてほとほと困り居り候間、度々御文通之程一重に奉願上候、都合よろしくバ御泊りがけニおんいで相成度、小生も近頃の中御尋ね申さんと思ひ候間、左様御了承相成度、先以右まで、余は後便ニ可上候、硯月□とやらハ東京の何処なるや御知(り)なら御報(らせ)あれ、

  【解説】春休みに帰ってきて、楽しい家ではあるが、友と遊ぶことがなくほとほと困っている。文通をお願いしたいし、また泊りがけで遊びにきてほしい。近い内にこちらからもお訪ねしたいと思っている、という内容。
 
  ■猪狩見龍

  18 はがき 明治32年3月27日付

宛 紫波郡彦部村大巻 野村長一様
発 もりをか ゐかり生

倫 国 漢 作 読 譯 書 英文法 地 歴 算 代
幾 理 圖 体 平 行 及落 順 但し理化ハ平均点に関セヅ
実は郵便ニテ報知致し候所に御候へ共経緕上許ざず斯く仕り候間、御海客あらんことを、
次にfowl down仕り候は佐藤君、中原氏、鈴木通氏ニ候様は時等過し
後藤二十二、猪川七十一、欠崎四十一
二年級より三十五名の落第者、及者八十八名、
三十日授与式を行ふ、一番は阿部哲さん、

  【解説】猪狩見龍から、長一の期末試験の結果を報じているはがき。長一は26番。35名が落第というのは驚きである。
 
  ■鈴木通

  19 はがき 明治32年3月28日付

宛 紫波郡彦部村字大巻 野村長一様
発 盛岡市四ツ家 T.Suzuki

前畧御免、扨今度の事早足御知らせ申可の處、斯く後れ御申譯無之、平に御用捨(容赦)此度の供果は好しく御及第遊ばされ万歳の至りに候、順ハ二十六番ニ御座候、小生ハ首尾能失敗致し候、以後御見捨無き様願上候、先ハ後れて御知らせ申上候、不一

  【解説】前のはがき同様期末試験の結果、長一は26番で及第。はがきを寄せた本人鈴木通は落第という。

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