盛岡タイムス Web News 2011年 1月 16日 (日)

       

■ 〈介護士日記〉17 畠山貞子 介護のスペシャリスト

 この辺りでは昔から、家の仏事をこなす女性たちは、死者を弔い悼むため、皆で観音経を上げる習わしがある。また、講(こう)という巡礼団体を作り、観世音札所を巡ったりもする。

  わが地方の和賀、稗貫、志和の札所の第十四番は紫波町佐比内の岩谷寺である。佐比内はアイヌ語で「サッピナイ」、水のない里の意である。地下には石灰岩の地層があり、そこに吸い取られるためか、その名も水無川には水がない。観音さまはその川のほとりの岩の中に祭られている。

普陀落(ふだらく)は
余所(よそ)にはあらじ
岩谷寺(いわやでら)
大悲(だいひ)の光
なべて照らさん

  この観音さまを深く信仰していた祖母は87歳まで働きずくめの日々を過ごし、ある日、息子と昼餉(ひるげ)をすませ、ちょっと眠くなった…とこたつに横になったままスーッと逝ってしまった。その顔はこの世に何のこだわりも持たぬ自然そのものの姿だった。祖母の葬列が「観音さま(おがのさん)」を過ぎ、お寺の門に差し掛かると手鈴を持ち、袈裟(けさ)がけをした御詠歌仲間が並んで待っていた。鈴がリーンと鳴り、朗々とした御詠歌の声が高く低く流れた。「ああ、おばあちゃんはおがのさんに導かれてあの世に行くんだね。よかったね…」。私は30数年過ぎた今でもその光景が浮かんでくると涙に濡れてしまう。

  そんなこともあって、紫波町の観光ボランティアガイドの「しゃ・べーる」さんたちが観音巡りを企画したとき手作りの観音経の豆本を作り、提供したのだった。それを新聞配達のとき、部屋に明かりを灯(とも)し待っていて「これから寒くなるから気を付けなさいよ。頑張っていればいいことがあるからな…」などと声をかけてくれるおばあちゃんにおあげした。

  すると驚いたことに、その方は仏さんを拝むのが大好きな方だった。そして、小さな観音像を持っていて、毎朝、背中や腕をさすったり、頭をなでたりして「今日も一日、元気で過ごせますように見守ってくださいね…」と拝むのだという。「ああ、やっぱり」。この方の優しさは、毎日、観音さまを拝んでいることからくる優しさだったんだ…と思わずにはいられなかった。何も手をかけるばかりが介護ではないのだ。見守ってくれているという安心感を持ってもらうことが、介護の真骨頂(しんこっちょう)に違いない。さすれば観音さまは、さしずめ介護のスペシャリストといえるのかもしれない。

(紫波町)


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