盛岡タイムス Web News 2011年 1月 26日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉213 伊藤幸子 初場所

 玉串を捧げるやうに魁皇は力水渡す呼吸(いき)荒きまま
                       海老原光子

  さまざまな話題性、名取り組みに沸いた大相撲初場所だった。1月9日の初日には天皇ご夫妻もご観戦で場内満員御礼の笑顔の渦。そして千秋楽、結びの一番は前日優勝を決めている横綱白鵬に大関魁皇。魁皇に力水をつけるのは西の把瑠都が負けたため、控えの力士が肩脱ぎで行う。38歳の魁皇、負けこそすれ、出場回数1419、通算勝星1035勝という途方もない記録を更新中。古式、伝統、様式美を重んじる角界に「玉串を捧げるやうに」力水を渡す力士を詠む歌に惹かれる。

  宮崎県在住の主婦、海老原光子さんは昭和22年生まれ。所属する短歌会の3千人の中で、「入会5年以内で50歳以上の会員」を対象とした新人に贈られる賞を2008年に受賞。「還暦の私に子らのくれし薔薇五日の後にわらつと解けり」「海坂ゆ上り来し陽はおほあくび天衣無縫に灘(なだ)を染めたり」「ぐぐぐんと空が背伸びをしたあした彼岸花咲いたさつさと咲いた」この自在さ、天衣無縫の作品世界。

  私は実は光子さんを知るよりずっと早く、父上海老原秀夫さんの歌になじんでいた。そして拙コラムの6回目に「ちかぢかと薩摩富士見ゆJR最南端の駅のホームに」を抽き、鹿児島の、日本最南端駅の駅長さんを紹介したのだった。平成19年、折しも宮崎は東国原英夫知事が初当選。そしてことし、1月20日、任期満了となり知事は去られた。4年前のあのとき、電話で「まさに百年の孤独ですな」とつぶやかれた氏の声を昨日のように思い出す。

  家業のように、家族で同じ趣味をもち、発表の場も同じという例は珍しいともいえるが海老原さん親娘の作品はいつも温かく胸を打つ。「何処ででも生きてゆけるさ五千メートルの凍土に放牧のヤクの群見ゆ」と娘が詠み、「つつがなく青海チベットの旅を終ふ九十一歳まだまだいける」と父が応える。元駅長さんを先立てて海外旅行にも気軽に出かけられる。

  雪と寒波にとじこめられていると、南国の花便りは何よりも嬉しい。「むらさきの桜と呼びて祖国(くに)恋ふる移民ありしジャカランダあふぐ」以前頂いた燃えるような紫の花の写真は私の宝物。実物を一度も見たことのない花を訪ねて、いつか日本最南端まで旅をしたいと憧れている。
(八幡平市、歌人)


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