盛岡タイムス Web News 2011年 1月 31日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉5 照井顕 バイソン片山の初飛行

 2010年、31年ぶりにCD化され再発売された「片山光明・ファーストフライト」を聴きながらライナーノーツを読んだ。その冒頭に、ジャズドラマー・作曲家・教育打楽器専属講師・CMタレント・映画&舞台俳優・気仙沼大使の文字。当時彼は28歳。

  その最初の肩書き“ジャズドラマー”兼作曲家として、レコードデビューさせようとしたのは1979年。彼はすでに東京に出て活動していたのだったし、宮城出身とはいえ、となり街の気仙沼出身だったことも、陸前高田でジャズ喫茶をやっている僕にとっては地元からジャズスターをと、友知人、彼の兄や姉たちの協力のもと“初飛行”させたのだった。

  演奏のサポートをしてくれたのは、当時彼の師であったピアニストの故・杉野喜知郎さん。東京六本木交差点角のビルにあった「パッサ・テンポ」という店のオーナー。彼のピアノも曲も、若い僕らにとっては食べ足りなさを感じさせるくらい、渋くてカッコいいジャズだった。ベースの詩人北原の音も心にしみた。おかげで初飛行は成功しバンザイ三唱。

  気仙沼在住の画家・あい沢一夫氏(心象作家協会)がレコーディング風景を見て描いてくれたジャケットも評判になったものだった。2007年に「ジャズ批評誌」が選定した「和ジャズ1970〜90年の200選」の巻頭カラー100選の中に3枚僕がプロデュースした当時のレコードが選ばれており、その中の1枚が、現バイソン片山の「ファースト・フライト・片山光明」というアルバム。

  録音当初から僕は、このレコードは名曲名演オリジナル名盤になると思ったが、時を経て、やはりそうなったことが、ことさらにうれしい。

  この初飛行から5年後にはアメリカに飛行して活躍。帰国後に即、バイソンバンドを結成し、サッポロビール・ジャズオーディションで「ファーストフライト」を編曲し直した「ホライゾン」で見事グランプリを獲得し、87年のスイス・モントルージャズ祭に出演。ハービーハンコック、パットメセニー等を向こうに回し、岩手出身のトランペッター・臼沢茂を加えた「3管編成の彼等の熱演は曲毎に大きな拍手が沸き起こった」と報じられた。
(開運橋のジョニー)

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